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2011年11月

2011年11月30日 (水)

香港最終日

今日は香港最終日。昼は、米問屋のケニスと会い 鈴鹿さんが商談。まずはサンプルを送り、テストマーケをします。うまくいけばいいです。会議場でランチをして、夜は大宴会。

中華の豪華コースで数百人でパーティー。今年は、大阪のバカ女演歌歌手もいないので、皆さんなごやか、いい雰囲気です。英語で歌を歌い楽しいです。その意味では、去年は最悪だった関西日本香港協会の事務局長・戒田さんもだいぶ進歩しました。

宴も終えて、ホテルに戻りました。

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2011年11月29日 (火)

香港2日目

今日は鈴鹿さんと香港の日本商工会議へ。長野日本無線の羽生田さんの紹介で事務局長の柳生さんと面会。日本企業と、香港経済の現状をしっかりヒアリング。

お昼は、会議場に戻りランチョンセミナー。恒生銀行の副会長と会い、歓談。次のビジネスにつながる話がしっかりできました。

そして会場をぶらぶらしていると、VIVIEN Leeに会いました。彼女は香港で一番大きなシーフードの卸会社。再会を祝して、オフィス訪問。鈴鹿さんがしっかりビジネスの話をして大きな一歩になりました。義理の弟が大きな米問屋を経営しているので、明日会います。彼女の親切に感謝です。

夜は、鈴鹿さんと二人でNOBUへ。チリのスズキやニュースタイル刺身などを堪能。東京、ロスと変わらない味でした。そして不良外人が集まるスタンドバーで痛飲、楽しく充実の夜でした。

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2011年11月28日 (月)

香港1日目

初日はANAで香港へ入りました。暖かく、また町も活気があります。どこかの国とは違いますねー。今回の泊まりは、ハイアットリージェンシーです。九龍の中心で素晴らしいホテルです。

夜は香港協会の晩さん会があり、香港島の六国ホテルであったので出席。一緒にいったPwC赤坂氏、中国PwC顧問の孫さんも同席。JR九州の石原会長など私の知己もたくさん来てました。食事もボリューム満点、よかったです。美味しい中華でした。

早めに会を出て、ハイアットへ。滋賀から鈴鹿さん、先乗りしているびわこタイルの中野さんとホテルのバーで合流。赤坂氏、孫さんも同席で話しに花が咲きました。

ホテルは部屋も広く快適で、ゆっくり休めそうです。

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2011年11月27日 (日)

今週の予定

いささか体調不良で本来であれば、静かにしたいのですが。。

28-12月1日 香港フォーラム参加

12月4日 歴史サロン

こんな感じです。華僑人脈はもちろん世界と繋がるいい機会なのでまずは行ってきます。

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2011年11月26日 (土)

正論の本

 決断できない日本 (文春新書) (新書) / ケビン・メア/著  決断できない日本 (文春新書) (新書) / ケビン・メア/著

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今週読んだ本です。物議をかもしたメアの本。日米関係、沖縄への理解を深めたい人は必読です。

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2011年11月25日 (金)

あたか飯店

今日は光塾でした。行きは珍しく、米原経由で降りて、新快速で草津へ。しかし、米原や彦根は寒い。。みぞれ交じりでしたよ。

塾は革新のジレンマについて話して、ディスカッション。二次会は、人の集まりはまず「あたか」ですからあたか飯店へ。

結構、量が多く味も悪くなく楽しめます。香港へ行くのも忘れて、中華で痛飲。楽しい夜でした。ただ、体調がいま一で、香港が心配。。ちょうど去年も、香港は風邪で難渋しました。

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2011年11月24日 (木)

黎明の会

今夜はバトゥ―で黎明の会。水産庁次長の宮原氏によるお話。マグロ外交の駆け引き、政治の動き、騙し合いなど赤裸々に語っていただきました。現職の政府代表が登場ですから発言の重みが違います。参加者も興味深く聞かれ、ずいぶん盛り上がりました。

財前さん、吉國さん、植村さんなどの面々が参加され活発に意見交換されていましたよ。知的な会話の集まりは、有象無象の異業種交流とはレベルが違うので楽しいです。

さて明日は光塾です。

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2011年11月23日 (水)

来月の黎明の会

Book 20世紀のヨーロッパ―分裂と統合への軌跡

著者:都甲 岳洋
販売元:世界の動き社
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12月22日の黎明の会は、都甲・元ロシア大使を招いています。エリチンとも親しく、日本が誇るロシア通。

皆さんも是非参加ください。

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2011年11月22日 (火)

トヨタファイナンス訪問

夜は山科で仕事塾。人数が少なく残念でしたが、中身は濃く参加者は満足の模様でした。昼間はまた、名古屋往復。

トヨタファイナンスの平野副社長と打ち合わせ。世界経済、とくにユーロ問題、トヨタの景気や新興国におけるブランド戦略など、幅広く意見交換。豊富な知識と経験に裏打ちされていて、大変参考になりました。

来年は黎明の会に呼びたいと考えています。

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2011年11月21日 (月)

大阪で仕事

今日は、朝は北浜で長尾さんと会いました。ランチはいつもの江戸菊ですき焼き。大変美味しく満足。

そして3Cの坂元さんと本町のオフィスで商談。2時間程今後の展開を議論しました。海外も含め、資本政策など広範な話題でしたよ。

明日は、京都で仕事塾です。

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2011年11月20日 (日)

今週の予定

11月21日 9:00 長岡香料・長尾さん打ち合わせ。16:00スリーC 坂元さん打ち合わせ

11月22日 13:00名古屋・トヨタファイナンス 平野取締役 19:00京都仕事塾

11月24日 10:00ボナ植木氏 19:00黎明の会 宮原正典・水産庁次長

11月25日 18:00光塾

今週は、関西、名古屋の行ったり来たり。あとは黎明の会があります。

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2011年11月19日 (土)

今日は百人一首

大雨の中、文学サロン。欠席者も多く残念でしたが百人一首の読み込みを61-80番目までやりました。

語法、かけ言葉、風俗や歴史など、奥深い中身にしていきます。古人の考えに触れることは素晴らしい。その感性の豊かさに感服です。

12月の文学サロンはいよいよ百人一首の最終回。ラストスパートです。

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2011年11月18日 (金)

APIC勉強会

今朝はオークラで佐藤大使主催の勉強会。50名ほどの精鋭が集結。私の隣は、元検事総長の原田明夫さん。他に島津製作所の藤原相談役、三菱総研特別顧問の奈良久弥さん、大河原駐米大使などがいました。また部課長クラスも来ておりバランスのいい会でした。そし講師は外務省の松富中南米局長で「中東情勢」がテーマでした。

講演の後は、長谷工コミュニティへアクアバンクの竹原さんと訪問、商談をしました。なかなかいい方向に向かいそうでまずはよかったです。そして私はレジュメの準備や、来週の黎明の会の案内を再送したりとデスクワークをこなしました。

明日は文学サロンです。

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2011年11月17日 (木)

鮨「あら久」へ

朝は21cにてかものはしの山元さんと会いました。そんなに深い話ではなく、講師を以前紹介したのでそのお礼。ランチを一人して、ロッテへ。人事課長の宮下さんと面会。

そして霞が関ビルでPwCの講演。金重さんが話すので様子をみに行きました。50人くらいで、終了後のアンケートも大変よかったようです。さすが、エリート警察官僚、素晴らしい講演でした。

次に、神田へ行き村井勝さんの主宰するTEP EXPOへ。パネルディスカッション拝聴。伸び盛りのベンチャー企業が集結し、活気ある会でした。40分ほど滞在してまたPwCへ。

赤坂さん、一原さんと会食。虎ノ門の鮨屋「あら久」で鮨懐石コースを堪能。大変満足な料理内容でした。感謝、感謝です。

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2011年11月16日 (水)

イーモバイルのパーティーへ参加

朝の新幹線で帰京し、イーモバイルのパートナー感謝パーティーへ。別に取引先ではないですが、千本会長とは友人なので、招待してくれました。

会場は1000人くらいいて、熱気ムンムンです。日本政策投資銀の橋本社長、竹内常務、ドイツ銀行の金成会長、ユニシスの島田精一さんなどたくさんの知己に会えて楽しいひと時でした。

やはり活気のある会社は違いますね。帰りにバームクーヘンをお土産にもらって帰宅。自宅で雑用をたして、夜はイフでライブラの林さんと痛飲。

連チャンで愉しい夜でした。

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2011年11月15日 (火)

マザック&核心塾

今日は大忙しの1日。昼は、名古屋へ出向き、マザックの会長のお別れ会に参列。委員長は知己の棚橋元次官です。地場企業のトップがすらり並びその力を知った次第。参加者はOBも多く、さながら同窓会。しかも、地場なので、こちらは知らない顔ばかり。。東京での会とは違います。いい勉強です。

そして夜は、田中明子税理士事務所で「核心塾」第1回目。皆さん総勢16人が参加。感謝、感謝です。テーマもブランド構築で、ワークもふんだんにあり大いに盛り上がりました。次回へつながるいい会になりました。

そして二次会は近くの虎丸で大トラになり、数人で新地へくりだし午前様。。いい夜でした。

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2011年11月14日 (月)

平林博さんと面会

今日は元インド大使の平林さんと面会。インド情勢などを意見交換。日印協会で会いました。常務の原さんも同席で実りありました。黎明の会の講師を依頼しました。

ランチは茅場町の「すず航」で天ぷらでしたよ。久しぶりに外で天ぷらを食べました。味もまあ及第点でしょうか。。

午後は、新幹線で大阪へ。明日は、名古屋、大阪の核心塾と盛りだくさんです。

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2011年11月13日 (日)

今週の予定

14日 13:00平林博・元インド、フランス大使 18:00大阪

15日 14:00名古屋ヤマザキマザックお別れの会参列 17:30アクアバンク坂元氏

19:00大阪核心塾&懇親会

16日 12:00イーアクセスパートナーパーティー@プリンスパークタワー

17日 7:45舩橋晴雄氏勉強会@帝国ホテル 11:00かものはしプロジェクト山元氏 13:00ロッテ 16:00コンパック創業者・村井勝氏 18:00金重凱之氏と会食

18日 8:00APIC朝食勉強会@ホテルオークラ 10:00長谷工コミュニティ―和久井氏

19日 16:00文学サロン@赤坂ゲトライデ

結構詰まってきています。。

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2011年11月12日 (土)

TPPと「たかり」

ようやく野田が「協議入り」を表明、ここまでつまらない紆余曲折がありました。特に、山田前農相を筆頭に知性が薄く、選挙しか頭にないバカ議員が利権にしがみついてここまで決まらないのは明らか。また亀井も、広島の片田舎のドン百姓を守ることしか考えてない。

この連中は国益ではなく、権益であり、地方益、さらに省益です。すり替えでごまかす姑息な奴らです。まず議論に消費者は不在。全て、業者と組織の論理です。

例えば農業もまっとうな農家はTPP賛成。大いに勝負できるのです。しかしJAを筆頭とする詐欺農家は、反対。

反対派のロジックはぜい弱で自分がよければという発想。こいつらが国を滅ぼすのだ。

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2011年11月11日 (金)

また研修。。

京都から新幹線で品川に戻りましたが、これまた混んでます。。全く受難です。

13:00から昨日の研修の後半戦。これはロープレですから、わりとこちらには負担なく楽です。17:00で終えて、帰宅。冷たい雨です。急に冷え込み、体調管理が難儀です。

明日はまた暖かいような予報。気まぐれ天気には困ります。

週末はのんびり自宅の予定です。

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2011年11月10日 (木)

NTTコムウェアで研修

今日は朝10時から研修でした。場所は品川でしたから歩いていけてよかったです。テーマは交渉力。なにぶん、素人さんなので基本から伝授。座学とロープレです。10時から15時までと明日は、13:00-17:00です。

半日は無事済ませ、新幹線で大阪へ。田中税理士の勉強会その他でした。それにしても電車がグリーンまで激混み。疲れます。。

さらに大阪で飲んだ後の新快速が、沿線火災で2時間遅延。。これまた激混み。ある意味、呑んでいたから被害はなくよかったです。

それにしてもとんだ日でした。

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2011年11月 9日 (水)

PwCへ

今日はPwCへ行き三橋副社長はじめパートナーたち3人と打ち合わせ各種こなしました。なかなかハードな日で、仕事も何かと増えそうです。名古屋、大阪はもちろん海外の案件などこなしていきます。

そして明日はNTTコムウエアで交渉力の研修を行い、夕方の新幹線で大阪へ行き金曜日の昼にまた帰京しNTTへ。結構大変です。。これで土曜日ですよね。週末はわりとゆっくりですが、来週はまた関西出張と名古屋もあり、超多忙。

体調管理が大切になりそうです。

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2011年11月 8日 (火)

久しぶりの鉢巻き議員

TPP反対のバカ議員たちが鉢巻きを巻いて気勢を揚げてました。見るからに社会党ですが、民主も自民もいるという奇異な光景。世も末です。TPPごときで天地がひっくり返る騒ぎとは、グローバル化を唱えている奴らは自己矛盾するのです。

自分たちの選挙区、たかって補助金泥棒の兼業農家を守ることで票を確保したい器の小さい連中の発会式です。労働争議のような感じ。。

山田前農相や自民の大島理森、鉢呂など皆落選すればいいのです。知性が薄く、頭に血が上りやすい人=熱血漢が日本では重用されます。

これが悲劇です。

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2011年11月 7日 (月)

日赤はピンはね集団

評論家の大宅映子が憤慨してました「日本赤十字は、集めた義援金の25%をピンはねして被災地へ送っている。だから直接持っていきましょう」と。私は大宅は大嫌いな似非知識人ですが、これはまさに正論。よく言ってくれたと思いますね。ここは評価したいです。

もうおわかりなのは、日赤は偽善者の集まりであり、義援金にたかって「人件費」「手間賃」と称して25%も不労所得を得ている。やくざ顔負けです。

日赤の総裁は、あの近衛。細川護煕の弟ですから、やはり殿様商売ですね。

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2011年11月 6日 (日)

今週の予定

7日 19:00wine&philosophy

8日 11:30ニューオータニガンシップでランチセミナー

9日 14:0PwC三橋副社長

10日 10:00NTTコムウェア研修 19:00大阪・田中税理士事務所

11日 13:00NTTコムウェア研修

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2011年11月 5日 (土)

昨日の歴史サロンから

第1次世界大戦

191418年に、32カ国が2大陣営にわかれてたたかった、人類史上初の世界大戦。イギリス、フランス、ロシアの三国協商を中心とする28カ国は連合国陣営を結成し、ドイツ、オーストリア・ハンガリー二重帝国、オスマン帝国(トルコ)、ブルガリアからなる同盟国陣営と対決した。主戦場はヨーロッパ大陸だったが、大西洋、太平洋、中東、アフリカでも戦闘はくりひろげられた。

戦争の原因 

戦争の原因には、19世紀末~20世紀初め、ヨーロッパ諸大国が三国協商(イギリス、フランス、ロシア)と三国同盟(ドイツ、オーストリア・ハンガリー、イタリア)の敵対する2大陣営に分裂し、この2大陣営間で植民地獲得をめぐる対立がおき、イギリス、ドイツ間の建艦競争に代表される軍備拡張競争が激化したこと、オスマン帝国の衰退にともなってパン・ゲルマン主義とパン・スラブ主義とのはげしい民族主義的対立がバルカン半島を舞台に出現し、それぞれの盟主であるドイツとロシアの衝突による2大陣営間の大紛争が生じる危険が高まっていたこと、などがあげられる。 

軍縮と戦争回避の目的で1899年と1907年の2回にわたりオランダのハーグでひらかれたハーグ平和会議も、国益を優先する大国のエゴイズムを抑止することができず、国際対立の解消にはならなかった。

191475日、ドイツはオーストリア・ハンガリーに無条件支持を約束し、勢いをえたオーストリア・ハンガリーは723日にとうていうけいれられない内容の最後通牒を48時間の期限つきでセルビアに発した。ロシアはセルビアが攻撃されればオーストリア・ハンガリーに対して軍を動員することを通告し、破局は眼前にせまった。726日、イギリス外相グレーは、イギリス、ロシア、フランス、ドイツ、イタリアの5カ国大使会談による危機回避を提案したが、ドイツは拒否した。 

1914728日、オーストリア・ハンガリーはセルビアに宣戦を布告、両国は開戦した。ロシアは731日に軍を総動員し、フランスもドイツに対する開戦準備を整え一方、ドイツは81日にロシアに対して、83日にフランスに対して宣戦布告した。態度を保留していたイギリスもドイツのヨーロッパでの覇権奪取を警戒し、83日にドイツがフランス攻撃のためにベルギーの中立を侵犯したことを口実として、翌日ドイツに宣戦布告した。こうして、大半のヨーロッパ大国が大戦に突入した。 

さらに、1914823日に日英同盟を口実として日本が参戦、中国山東省のドイツ植民地を攻撃した。1029日にはオスマン帝国艦隊がドイツ海軍とともに黒海沿岸のロシアの海軍基地を攻撃したため、オスマン帝国政府の陳謝にもかかわらず、112日ロシアが、115日イギリスとフランスがオスマン帝国に宣戦布告した。 

  アフリカと太平洋地域での戦い 

開戦時のドイツのアフリカ植民地はトーゴランド(現トーゴおよびガーナ)、カメルーン、南西アフリカ、東アフリカだったが、19148月から162月に、トーゴランド、カメルーン、南西アフリカがあいついで連合軍に占領された。ドイツが頑強に抵抗したのは東アフリカで、現地ドイツ軍は同地の大半を占領されても、大戦終結まで連合軍との間ではげしい攻防をくりひろげた。 

太平洋地域では、191489月、ニュージーランド軍がドイツ領サモアを、オーストラリア軍がビスマルク諸島とドイツ領ニューギニアを占領した。117日には日本が中国山東省のドイツの拠点であるチンタオ(青島)を奪取、さらに11月末までにマーシャル諸島、マリアナ諸島、パラオ諸島、カロリン諸島にひろがるドイツ領南洋諸島を占領した。大戦終結後、日本はこれら諸島の大半の委任統治を国際連盟から承認された。 

大戦の終結 

アメリカの参戦とロシアの戦争離脱は、連合国陣営と同盟国陣営の双方に大きな影響をあたえ、1918年にはいると戦局は大きく転換した。ドイツはロシアとの講和により東部戦線から大兵力を移動させ、321日~6月にかけて西部戦線で最後の大攻勢を開始した。ルーデンドルフひきいるドイツ軍はフォッシュ指揮下のイギリス、フランス、ベルギー、アメリカ4カ国連合軍と激戦を重

6月初めにマルヌ川に到達したが、7月半ばに戦力をつかいはたした。 

1918718日、フォッシュは反撃を命令した。連合軍はドイツ軍をマルヌ川から後退させ、88日にはドイツ軍の重要拠点アミアンを攻撃した。9月初めドイツ軍はソンム川背後の最終防衛陣地ヒンデンブルク線に撤退し、大攻勢は失敗に帰した。10月にはいると、イギリス軍はベルギー海岸沿いに進撃し、アメリカ・フランス軍は1110日にスダンに達した。11月初めにヒンデンブルク線は完全に突破され、ドイツ軍は全西部戦線で退却を開始した。 

ドイツ軍の敗北は、厭戦気分が高まり反戦平和をもとめていたドイツ国内で革命をよびおこした。1918113日のキール軍港での水兵反乱を契機に革命の嵐はドイツ全土をおおい、119日に皇帝ウィルヘルム2世は退位してオランダに亡命、帝政は瞬時に崩壊した。この混乱の中で社会民主党の党首エーベルトを首班とする共和国政府が樹立された。戦争をおわらせ、国内秩序を回

復するため、共和国 政府は連合国との休戦をもとめ、休戦使節団を派遣した。1111日、ドイツ使節団代表エルツベルガーはパリ北方のコンピエーニュの森で連合国との休戦協定に調印し、43カ月余りにわたった西部戦線での戦闘は終結した。 

その他の戦線でも連合軍は攻勢に転じていた。バルカンでは19189月末に連合軍がブルガリア軍を壊滅させ、ブルガリアは休戦に応じていた。イタリアおよびオーストリア・ハンガリー戦線では、イタリア軍の攻勢がつづき、10月にはオーストリア・ハンガリー国内のチェコスロバキア、ハンガリー、ユーゴスラビアが独立を宣言した。113日、オーストリア・ハンガリーは単独で連合国と休戦し、1111日には皇帝カール1世が退位して帝政が崩壊し、その翌日にオーストリア共和国が樹立された。 

中東ではイギリス軍大佐ロレンス(アラビアのロレンス)のひきいるアラブ軍とイギリス軍が合流、191810月にはダマスクス、アレッポなどのオスマン帝国の要衝を奪取する間、フランス海軍部隊がベイルートを占領した。1030日、オスマン帝国は休戦協定に調印し、同盟国陣営から脱落した。 

大戦の総括 

初の総力戦となった大戦は、戦勝国にも敗戦国にも膨大な損害をもたらした。全交戦国の戦費総額は1860億ドルにのぼり、地上戦での死傷者は3700万人余りに達した(付表、第1次世界大戦の死傷者数)。また、約1000万人の市民も死傷した。そのため、大戦後、恒久平和の実現に世界的な期待がよせられたが、この期待は実現されなかった。民族自決、無併合・無賠償、勝利なき平和などに集約される戦後処理の基本原則を提唱したアメリカ大統領ウィルソンの「14カ条の平和原則」の大半は、国際連盟の創設をのぞき、イギリス、フランスなどの戦勝国に無視された。 

 反対に、戦勝国はドイツに対する報復に燃えるフランスにうながされ、戦後処理のためにひらかれたパリ講和会議ではドイツを除外して審議をすすめ、ベルサイユ条約締結(1919628)をドイツに強要したのである。この条約は戦争責任をドイツとその同盟国にのみ帰しただけでなく、ドイツの賠償支払義務、全海外植民地の返還、一方的軍縮などの、ドイツにとってきわめて苛酷な内容を含んでいた。

また、戦勝国はオーストリアとサン・ジェルマン条約(1919910)、ブルガリアとヌイイー条約(19191127)、ハンガリーとトリアノン条約(192064)、オスマン帝国とセーブル条約(1920810)を締結したが、それらの内容はすべて戦勝国に有利なものだった。この一連の講和条約にもとづく戦後ヨーロッパの国際秩序をベルサイユ体制とよぶ。その後、敗戦国には社会的混乱が続発し、多くの国では右翼政権が誕生した。 

大戦後のヨーロッパの勢力図は激変した。ドイツ、オーストリア・ハンガリー、ロシアの3つの帝国は解体し、これら3帝国の旧領土から民族自決の原則にもとづいてフィンランド、エストニア、リトアニア、ラトビア、ポーランド、チェコスロバキア(現チェコ共和国、スロバキア共和国)、ハンガリー、ユーゴスラビア(現クロアチア、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、新ユーゴス

ラビア)8カ国が新たに誕生し、今日の東欧の土台がきずかれた。敗戦国だけでなく、イギリス、フランスなどの戦勝国も長期持久戦の疲労から衰退し、アジア、アフリカでの反植民地主義運動を加速させることになった。 

いっぽう、新興国アメリカと史上初の社会主義国ソビエト連邦が台頭し、戦後の新たな国際関係の基軸がつくられることになった。その意味で、大戦はドイツの哲学者シュペングラーのとなえる「西洋の没落」をしめすものとなり、現代史の起点としての歴史的意義を有したのである。

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2011年11月 4日 (金)

マジックレッスン

今日は休みの谷間で比較的スローです。そうゆうわけで、マジックレッスンを久しぶりに受けました。ボナさんも地方回りが多くご無沙汰でした。

今日はカードマジック2種類。out of this world(ポールカリー)と偶然の一致を習得。さらにステージマジックの基礎であるペーパーの遣い方、そして神田祭のお浚いをしました。

有意義な時間でしたー。今夜は自宅でじっくり練習です。

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2011年11月 3日 (木)

7日のwine&philosophyはこの本

夢判断 上 (新潮文庫 フ 7-1) Book 夢判断 上 (新潮文庫 フ 7-1)

著者:フロイト
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

精神分析の祖、無意識の発見をしたフロイトの名著です。

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2011年11月 2日 (水)

井戸清人さん、佐藤嘉恭さんに会いました

昨日は、知己を訪問。13:00に国際経済研究所副理事長の井戸さんと会いました。いtsまがら、おしゃれで弁舌さわやかに欧州の財政事情や為替問題を語ってもらい、小生も大変勉強になりました。あとトヨタのぜい弱性も。

15:00にはオークラに移動して、元中国大使の佐藤さんと会いお茶をしました。ついでにプリンもご馳走になり感謝です。お互いお願い事があり打ち合わせ。こちらは新日鉄顧問の阿南・元中国大使、さらに宮本雄二・元中国大使を紹介してもらう事に。有り難いです。

朝は、長谷工でグループ1000人集めて講演会。講師は、金重凱之さん。震災や暴力団問題と旬なテーマで参加者も大満足。セットした私も嬉しい限りです。次回は大阪でも行う予定です。

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2011年11月 1日 (火)

政府・日銀介入

久方ぶりの大型介入でした。しかし、欧州の状況は変わらず、アメリカの窮状も同じ。構造的に円高ですから、介入は効果がないのです。安住のバカ大臣はなぜか鼻息が荒い。ゴルフだけではなく、為替にも目覚めたのでしょうか?

それにしても日本はあまりに円高恐怖症が強い。どうみてもグローバル化では異常です。

なぜ円高メリットを活用しきれないのか?毎度議論が同じことがこの国の悲劇です。私は70円を切り、円高圧力が企業を淘汰、もしくはグローバル化へのプレッシャーになればと願うのです。

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