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2013年7月

2013年7月31日 (水)

月末

早いものでもう8月。

今日は特に用事もなくのんびりでした。

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2013年7月30日 (火)

お別れの会

今朝はAPIC朝食会。外務省・梅田局長のODAの話を拝聴。知己ともゆっくり話ができました。紹介をもらったので、新日鉄の阿南を来月訪ねる予定。

昼は、帝国ホテルでお別れの会。三井物産の清水さんのお別れの会。渡邊五郎さん、大河原駐米大使、島田精一、などと会い歓談。島田、渡邊は久しぶりだったので話しに花が咲きました。

今日は会合2つで、帰国直後から忙しかったです。

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2013年7月29日 (月)

帰国

夜に帰国しました。

すると、成田エキスプレスが停電でアウト。京成で日暮里経由で帰宅。よほど安くて、早い。JRはぼったくりです、1000円違いますからね。

もうお腹いっぱいなので、家では何も食べずに早めに寝ました。

明日はAPIC朝食会です。

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2013年7月28日 (日)

香港フリー

日曜なのでフリー。朝はプールで泳ぎました。天気もよく人が多かったですが一杯飲みながらリラックス。非常に優雅でいいものです。出張のつかの間の楽しみですね。

そして部屋でテレビを観て、オペラを聞いてひたすら、ぼーっとしてました。夜は、九龍に出てローカルフードを食べました。ビーフヌードルと、野菜炒め、蒸しチキンです。

ナイトマーケットも異常な人の多さ。さらに大雨が降り難渋しました。まあ、これも香港です。

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2013年7月27日 (土)

香港出張

今日から2日間出張です。

フライトはチャイナエアーのビジネスなので楽ちん。食事もおいしく満足。ホテルはJWマリオット。こちらもローケーション良く満足。いい出張になりますね。

初日は、チャイナエラ社と17:00から打ち合わせ。約70分みっちり話しました。いくつかの課題も出ましたが、まあ及第点です。10月へ向けて詳細を詰めます。

夜はパシフィックプレイスの北京ガーデンで北京ダック。いつもながら美味。そしてマリオットのバーで一杯飲んで終了しました。

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2013年7月26日 (金)

黎明の会

今日は忙しい日でした。

朝は雑務をこなし、3時に日本国際フォーラムの勉強会。大河原大使、朝海さん、兵藤さんなど多くの大使経験者と会合。

しかし講師が余りにも退屈で名前も内容もほぼ頭にない状態。。こんなひどいのは珍しい。久しぶりに疲れましたー。

夜は黎明の会。20名越えて、テーマはアベノミクスですから興味津津。元財務省の田中秀明氏に予算決定の問題や、構造改革の根深い問題をえぐり出してもらいました。

抜群の資料で大満足。場所もオーバカナルでいつもと違い新鮮でよかったです。

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2013年7月25日 (木)

のんびり

今日は1日のんびり。たまには必要な日です。ただ週末が香港ですから少しその準備です。

明日は日本国際フォーラムに参加します。

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2013年7月24日 (水)

ブランドツアー

朝早い新幹線で帰京。その足で、帝国ホテルへ。今日はブランドツアーです。名だたるブランドを観て回り、学ぶ日。

ヴィトン、ゲラン、コーチ、ディオール、シャネル、ロエベ、ベルルッティなどのブランドを訪問、インテリア、カラー、照明などの要素を分析しました。各々が差別化していること、そこに膨大な資金を入れていること、よく理解できました。

改めてみると非常によい勉強になります。私の講演にも大いに活かせそうです。

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2013年7月23日 (火)

中島家

今日の京都も蒸し暑いです。。六角堂のお参りをして、烏丸や四条をぶらぶらしてました。

そして夜は仕事塾。藤井寺から芦田さんも来られました。二次会はおばんざい屋の新しいお店・中島家へ。

数あるおいしいおばんざいに大喜び。特にまるごとトマトはGOOD。一品、一品大変美味しくいただけました。〆のいくら茶漬けも絶品。

明日は帰京して仕事です。

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2013年7月22日 (月)

大阪核心塾

今夜は大阪で、新メンバーが増えての核心塾。10人でセミナーでした。家康、信長、秀吉の器を議論しました。

常に歴史から現代のコンテンツを理解することが重要です。二次会は近くのイタリアンで痛飲。また9月に新しいセミナーを依頼されました。

ありがたいことです。

明日は京都です。

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2013年7月21日 (日)

今週の予定

22日 19:00 核心塾@本町

23日 19:00仕事塾@四条

24日 13:00 秋元征紘さん@青山

25日 12:00 日本国際フォーラム@赤坂

26日 15:00同上 19:00黎明の会

27日 香港

こんな感じです。

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2013年7月20日 (土)

金ちゃん

今日は1日、藤井寺のアッソへ。新入社員も含めて会議でした。夕食は、4人で非常においしい串焼き「金ちゃん」

肉厚、バラエティも多くおいしいです。肉の味がばっちりあって久しぶりにおいしいものでした。味は、山椒と塩で珍しいです。

帰りは、松原で近鉄に乗り天王寺、そして地下鉄で梅田へ。ホテルに戻り休みました。

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2013年7月19日 (金)

大阪出張

朝1のフライトで伊丹へ。混んでいなくて快適なフライト。そしてアクアバンクを訪問し打ち合わせ。ランチを竹原さんと食べて宿のリッツへ。プールで1時間泳いでリフレッシュ。

16:30にクルースへ行き社内会議。夜は中央軒で中華を食べながらセミナー。香港ビジネスの魅力などをたっぷり話しました。

中小のグローバル化など喫緊の問題を議論し、実際に携わっているものなのでリアル。皆さんに喜んでもらえました。

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2013年7月18日 (木)

囲碁

今日はまた栗田瑞夫さんと会いました。日本工業倶楽部でランチをしました。ポテトポタージュときのこパスタをごちそうに。囲碁の話などで盛り上がりました。その後は21cで仕事してました。

そして夕方はMRIに行き商談。つまらなかったです。

適当に終わらせて、新丸ビルのイタリアンで夕食をしました。

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2013年7月17日 (水)

帝国ホテル朝食会

今朝は舩橋さん主宰シリウス企業倫理研究会の朝食会。同族企業の強さの秘密の学びでした。たまたま、隣がかんき出版の境さん、さらに弁護士の牛島さん、ヘッドハンティングの安永さんと話しの弾む相手でした。

ご飯は、なだ万のお弁当で贅沢です。

そして夜は恵比寿へ。アッソの芦田さんが上京されておりタイからの客人の商談に同行。夕食は、近くのハワイアンのお店へ。

明日は栗田瑞夫さんと日本工業倶楽部で会います。

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2013年7月16日 (火)

保守

今夜のwine&philosophyは、バーク。忘れ去られた英国の大哲学者です。フランス革命の反動形成としての保守主義を話しました。

自民が本来保守ですが、その政策は革新的。反対に野党が保守的です。その思想の混乱や、アメリカ的保守主義の影響を議論しました。

選挙の季節にあったお題でした。元TBSの有村かおりさんも、参戦され大いに盛り上がりました。

次回はユングです。

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2013年7月15日 (月)

休日

海の日は海にも入らずただ、のんびり。たまにはいいものです。それにしても選挙はうるさいです。

くだらんこと連呼していい迷惑。民主の消滅は時間の問題でしょうか?

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2013年7月14日 (日)

今週の予定

16日 19:00 wine&philosophy@バトゥー

17日 8:00 シリウス企業倫理研究会@帝国ホテル

18日 12:00栗田瑞夫氏@日本工業倶楽部 16:00 MRI@神田

19日 10:30 アクアバンク@弁天町 16:30クルース@心斎橋

20日 11:00 アッソ@藤井寺

週末からしばらく関西です。

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2013年7月13日 (土)

サルトル

サルトル

父殺し

自由は面倒臭い

法律で禁止されていないなら何でも自由にできるのか?

否、マナー、道徳、常識などの「基準」があるのが現実社会。反対に法律で禁止されていても、それが及ばない自由の世界もある。

例:闇社会?闇市場?

では他者に迷惑をかけなければ完全に自由を謳歌できるのか?

憲法には思想・良心の自由がある。人は思うことは自由。でも思いたいことを思えないケースもある。嫌いな人が死ぬ光景が露骨に浮かぶ、など。考えたくない場合も多々ある。これは「不謹慎」さが自由に思うことの障害となる。となると、思うことも実際には自由にはならない。

さらに..自由には責任が伴う。(自己責任)人は自由と言う刑に処せられているのだ。選択をしない限り前には進めない。が、進んだ以上(後退した以上)責任が(結果)出る。明文化された責任(コンプライアンス、法律)はそれ以外は裁量で決めるので、組織としての活力を出す意味でも規律は重要。

実存へ

デカルト以来。基本単位は「自我」

しかし、サルトルは「意識」

自我は内にあるものがすべて。意識は外にある偶然のものを捉えようとすることで初めて成り立つ。

人間は「対自存在」:人は取捨選択の中で規定される(キルケゴール)さらに未来の可能性に向けて「投企」(自己を投げ入れる)運命にあるのだ。

人間は何らかの本質に支配されていない。自分自身で人生を切り開く存在にならないといけないのだ。

これこそが、目的があって生まれた物と、目的を作る人との違い。

「実存は本質に先立つ」

実存=現実存在 本質=規定された状況

サルトルは、鋳型に嵌まったような人を自己欺瞞として糾弾。でも「型」を重要視する人もいるのも事実。例えば役者や相撲などの型。その人ならではで、口では伝えられない、見て覚えるしかないもの。世阿弥の真似るは学ぶと同じで、他人を見たときに「ああなりたい」と思わせないとダメ。

だから型は単なる形式ではなくて、「この人ならでは」であるべき。実存と形式を対立させず、実存は形式なくして成り立たず、形式も実存により成立するという思考が本来あるべき。

いずれにしてもサルトルは、生きている自分の方が、世の中を決めていけるんだ!という宣言文を出している。人は決断し、理由と意味をつけて、世界に責任を持つ動物。これが運命なのだから。

どのような最悪の状況でも社会への積極参加(アンガーシュマン)で変えていく!という気概。

自由は「状況」の中にある→個人的投企から集団的なものへ(デモ)→アンガーシュマンによる乗り越え→自由の実現

サルトルはベトナム反戦運動、アルジェリア独立運動に参加、左翼思想の理論的支柱(日本は安保闘争、学生紛争)

結語

知識を得ることは「破裂」すること、自分を超えて自分ではない方向に向かっていくことである。故に反省や心理学が語る心から得るものではない。私はなにものでもなく、意識はものではない。ものは変わらずモノ自体と同一。要は、コップはコップである。意識は、コップから中身の飲み物へと行き、そこから外の景色とずれていく。集中したり散漫になったりするが、注意の対象は常に意識の外部で意識する中身が変わる。こうして意識が満たされる他のもので色付けされる。(カメレオン的)意識はモノについての意識であり、意識はモノの背後に消えてしまう。意識はモノを示しながら自らは消滅、次々と現れる景色に場所を譲る性格を持つ。意識は外部に放出されていくが、外部では戦争など恐ろしい出来事が起きている。意識が逃げ去り、対象が意識から逃れるなかで不安が心を占めて来る。

人の存在理由はない。人が眼前の世界に投げ込まれた目的も理由もない。かくして不透明な世界から人は締め出されるかのような思いを抱く。彼は現実の重みからはみ出した異邦人。一人で悩み、解体し、嘔吐に行きつく。不条理感は、見捨てられた感覚を呼び起こす。我々は何のためでもなく世界に放り込まれたのだ。

もし世界に意味がないなら、勝手気ままに生きても問題ない。破壊行為してもいいだろう。が、現実は否である。それでもなお無化のなかに世界に本質を与える力を発見するかもしれない。これが存在は本質に先立つという意味だ。世界を定義できるのは摂理でも神でもない。理由なく到来するランダムな状況で、存在の固有性の中で自由の明証性が生まれるのだ。「私」が崇高な意味を作りだし、その作者になることを禁じることはできないのだ。

本質は、世界を定義付ける「私」の自由から生まれる創造対象だ。何も用意されていない、まっさらなキャンバスに私自身を期待し、そこに本質を投影することができる。だからこそ私はこの世界の作者になれ、運命を引き受け、世界の意図を推進できるのだ。サルトルの偉大さは、存在を価値化させたこと。いかなる決定、先行的な目的にも従属しないでなすことができる。自らの自由に見合った現実を生み出せる者に「父」の存在は無用になるの

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2013年7月12日 (金)

大阪へ

今日から関西です。

やはり暑いです。ナチュラルウィルの松岡専務と会い香港行きの打ち合わせ。1時間で終わり。

そしてOMMのタイ見本市へ。全く活気なく収穫はほとんどなし。やはり大阪はダメだと痛感。。

今夜の泊まりはリッツで、会食もなく一人のんびり過ごしました。そしてプールで泳いで気持ちよかったです。

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2013年7月11日 (木)

かんき出版

ソクラテスのレクチャーでした。

ソクラテス

無知

ソクラテスは生涯一度も本を書いていない。釈迦や、孔子に共通している部分である。彼の思想は、弟子のプラトンやアリストテレスを通じて触れることができる。

本を書かなかった理由の1つは、筆記された言葉には反論余地がなくなり、「沈黙」になる。ここが、対話重視したソクラテスの思想と相いれないと言える。

無知の知

ソクラテスの最も重要なアイデアである。

ソフィスト:詭弁家。知っているようで知らない連中。

ソクラテス:知らないことを認める。

知らないと割り切った方が、真理に接近できる。新しいことを知る機会が増える。故にソクラテスが提唱する「善く生きる」ことができるのである。

そのために「訊く」という行為が大切になる―問答法、弁証法。これを「産婆術」とも呼ぶ。

対話を通じて、相手に答えを導かせ、かつこちらも頭を使う。「汝を知れ」

先生が答えを教えてしまうと、生徒は考えない。知識の詰め込みはできても、応用や生産力が低下する。教師の仕事は、答えを教えることではなく、答えを見いだせる道筋を立てること。現代学校教育の真逆をいく姿勢である。

自己認識

ソクラテスの死はいわば伝説である。哲学の起源としてソクラテスを考える人も多い。ダヴィッドは、彼を完璧・理想の人間と描き、毒ニンジンの盃を飲む姿にも一点の曇りもない。まさに聖人。身に降りかかった災禍を超越し、偉大なる精神を具現化。このような人間、存在し得るのか?

もう1つのテーマである「汝を知れ」は彼の持ちこんだ哲学の大きな問題。ではこれをいかに実現するのか?

己が何も知らないと知っていたソクラテス。これを知ったからと言って、人は本当に自らを知るのだろうか?

もしくは自分の無知を知ることはできるのか?

死は、存在について究極の限界を示す。(死があるから存在の意味がある。言い換えると、死が存在を際立たさせる。)もし、彼が処刑の日に死なずに逃げ出していたら?有限性の中で存在が際立つのである。

有限の中の無限。ゼロと1の間には無数に中間点があり、永遠にたどり着かない。もし1を自己認識の最終地点とすれば、その中間点が無数にあるのだから、ソクラテスと言え、到着しない。迷子になるのが関の山だ。

「汝を知れ」という格言は無知にも似た錯乱に満ちているのではないか?彼は他人はもちろん自己にも全知全能を信じる無知さを証明する。その皮肉のために彼は告発を受ける。これは、死がさだめとなっていても、人は何の確信も持てないということを示している。人の中には死に至るまでに無限の他人、無限の運命がひしめき合っている。劇的なる死においても弟子のプラトンは立ち会わなかった。それはソクラテスの中に無限のアンチテーゼを見たからかも知れない。

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2013年7月10日 (水)

オルテガ

オルテガ

『大衆の反逆』

「ルソーの『社会契約論』が18世紀を代表し、マルクスの『資本論』が19世紀を象徴するように、20世紀を表現している」

冒頭文:「ことの善し悪しはともかく、今日のヨーロッパの社会生活において最も重要な一つの事実がある。それは大衆が完全な社会権力の座に上がったことである。大衆はその本質上、自分自身の存在を指導することもできなければ、また指導すべきでもなく、いわんや社会を支配するなどおよびもつかないことである。したがってこの事実は、ヨーロッパが今や民族、国家、文化の直面しうる最大の危機に見舞われていることを意味している」。

そして、オルテガはこうした危機を「大衆の反逆」と呼ぶのである。

「大衆」(masas)あるいは「大衆人」とは?

オルテガは社会には少数者と大衆がいるとして次のように言う。「社会というものはつねに、少数者と大衆という二つの要素からなるダイナミックな統一体である。少数者とは特別な資質をそなえた個人、もしくはそうした個人からなる集団であり、大衆とは、特別な資質をそなえない人びとの総体である。したがって、大衆という言葉をただ単に『労働者大衆』だけをさすものだというふうに解さないでいただきたい。大衆とは『平均人』のことである」

「大衆とは善きにつけ悪しきにつけ、特別な理由から自分に価値を見いだすことなく、自分を『すべての人』と同じだと感じ、しかもそのことに苦痛を感じないで、自分が他人と同じであることに喜びを感じるすべての人びとのことである」

「社会を大衆とすぐれた少数者に分けることは、人びとを社会的な階級に分けること」

オルテガは本来少数者の領域が今日大衆によって占拠されていることを問題にする。

ヴェルナー・ゾムバルト(Werner Sombart,18631941)が指摘した「AD.6世紀にヨーロッパの歴史が始まって以来1800年までの総人口は1億8千万人を超えることはなかったが、1800年から1914年のおよそ一世紀余りの間に4億6千万人へと激増した」ことをオルテガは挙げている。したがって、今や大衆は趣味、芸術、政治、経済などの近代社会の生活のあらゆる面において「支配」していると彼は主張する。しかし、今日の大衆は以前には少数者だけに保留されていたと思われる生活分野」の大部分を占めているだけではなく、「少数者に対して不従順となり、少数者に服従することも、少数者の模範に従うことも、また少数者を尊敬することもなく、その反対に少数者を脇に押しのけ、彼らにとって代わろうとしている」。

「生」(razon)について

オルテガは人間を「高貴な生」すなわち「努力」によって名声を獲得する人間―かかる人間を彼は「貴族」と呼ぶ―と「風俗の生」すなわちその生き方が「無気力」な人間―同様に「大衆」あるいは「大衆人」と呼ぶ―の二類型に区別する。そして、後者の大衆人とは「平均人」であって、彼らは一方でその閉鎖性と不従順性の故に、優れた少数者の指導を受け入れる可能性は低く、他方で生の水準を高めたとはいえ文明の原理を理解するだけの能力を持ち合わせていない点で問題がある。したがって、「風俗な生」とか「無気力な生」とか「閉鎖的な生」と呼ばれる大衆の生は、「高貴な生」の持ち主である貴族とは異なって、自分自身には何も課さず、現在のあるがままで満足し、自分自身に陶酔している生であって、その本質は義務を忘れ権利のみを要求するあまり、大衆はなぜかあらゆることに介入し、しかも暴力的にのみ介入してしまう。つまり、大衆人は、怠惰なる「風俗の生」のために、対話に耐えるよりも暴力に安易に訴え、技術を生んだ思想を顧みることなくただそれを乱用してしまう。さらに、オルテガはこの大衆人を「満足しきったお坊ちゃん」(senorito satisfecho)とも規定し、この新しいタイプの人間の心理構造を次のように分析する。

つまり、第1に、大衆人は生まれた時から生は容易であり、あり余るほど豊かで、なんら悲劇的な限界を持っていないという根本的な印象を抱いている。したがって平均的な各個人は自分のうちに支配と勝利の実感を持っている。

第2に、この支配と勝利の実感が大衆人にあるがままの自分を肯定させ、彼の道徳的、知的財産は立派で完璧なものだと考えさせる。この自己満足の結果として、彼は外部からの一切の働きかけに対して自己を閉ざし、他人の言葉に耳を傾けず、自分の意見を疑ってみることもなく、他人の存在を考慮しなくなる。したがって第3に、大衆人はあらゆることに介入し、なんらの配慮も手続きも遠慮もなしに、つまり「直接行動」によって自分の低俗な意見を押しつけることになる。要するに、このような「お坊ちゃん」―彼は別名「甘やかされた子ども」―とは「家の外でも家の内と同じように振舞うことができると信じている人間であり、致命的で取り返しのつかない、取り消し不可能なものは何もないと信じている人間」の時代がヨーロッパに到来してきたことを指摘する。

「『専門主義』の野蛮性」

そこでは科学技術こそが「自由主義的デモクラシーと手をたずさえて」量的な意味でもまた質的な意味でも大衆人を生み出したと彼はいう。その上で、オルテガは「今日、社会的権力を行使している者は誰だろうか」と自問自答し、技術、医者、財政家、教師等々の専門家たるブルジョアジーの貴族のなかでも、「最も高度にそして最も純粋に専門家を代表する」のは「疑いもなく科学者である」と断言する。したがって「今日の科学者は結果的には大衆人の典型ということになる。しかもそれは偶然のせいでもなければ、めいめいの科学者の個人的な欠陥によるものでもなく、科学―文明の基盤―そのものが、彼らを自動的に大衆人に変えているからである。つまり、科学者を近代の原始人、近代の野蛮人にしてしまっているからである」と主張する。それというのも、これらの専門的知識人とりわけ科学者は「世代ごとに自分の活動範囲を縮小していかねばならないために、科学の他の分野や宇宙の総合的解釈との接触」を失い、その「機械的頭脳」によってますます専門主義に落ち入っていくからである。

オルテガの企み

「今日のヨーロッパ文明を脅かしている最大の危険物」として「現代の国家」の出現を予見することになる。その階級は同時代におけるサンディカリズムとファシズムという政治的運動を念頭においていたようだ。一般にサンディカリズムとは1900年前後のフランスの労働組合運動を指す。それは労働組合のストライキ・サボタージュ、ボイコットなどの直接行動による社会革命を目標にしたもので、ヨーロッパ各国の労働運動に大きな影響を与えていた。また、ファシズムについては、周知のように、イタリアでは1922年のムッソリーニの組閣に始まり、ドイツでは33年1月にヒトラーが政権を握り、オルテガの母国スペインでも39年フランコ将軍による独裁政治をスタートさせている。

第二次世界大戦が勃発すると、幸いスペインのみ枢軸側を支持しつつも中立を守ったが、ドイツとイタリアの枢軸軍は敗戦。こうして、彼はサンディカリズムを大衆デモクラシーの典型として挙げ、その対極に「自由主義的デモクラシー」を掲げている。

オルテガは大衆人がまさに「自分は国家であると信じる」と共に、彼らが「政治、思想、産業などいかなる面でも国家の邪魔になる創造的な少数者をすべて押しつぶそうとする」危険性を有する点を訴える。しかも、こうした社会や生の官僚化によって、「社会は国家のために生きなければならなくなり」、ついには「民衆は国家という単なる装置や機械を養う肉やパンに化してしまう」と警告。

西部邁の指摘:「この著書くらい誤解と非難を招いたものも少なくない。大衆蔑視の選良主義者、それがオルテガだ、という理解が今でもまかりとおっているのである。確かに彼は『社会を統治する能力を持たぬ大衆が、そのおのれの限界に反逆して、社会のあらゆる権力を簒奪している』という大衆社会の状況を徹底的に批判した。……専門人と化した現代の知識人がオルテガに同調しないのは当然の成り行きというほかない。また、教育と所得の量的水準を高めることに専念し、さらに民主主義をふりかざしつつ、社会の意思決定に参加すること自体に熱中している現代の一般大衆が擬似専門化し、他方で専門人が擬似民衆化していく、それが現代の趨勢」

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2013年7月 9日 (火)

げんなり

あまりの暑さにげんなり。。

ずっと図書館でぼーっとしてました。あとは、香港とメールのやりとりなど。モチベーションが下がります。

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2013年7月 8日 (月)

市川宏雄先生

今日は長谷工で明治大学の市川教授を招いて勉強会。都市工学の権威が話す東京です。

リニア、山手線新駅、そして町のあり方など斬新な切り口で語ってもらいました。

1月の黎明の会のときよりもバージョンアップ。素晴らしい講演でした。

それにしても暑い。。

帰りには雨に降られましたよ。

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2013年7月 7日 (日)

今週の予定

8日 16:00 長谷工コーポレーション

11日 19:00 かんき出版

12日 11:00松岡さん@大阪本町 13:00大阪OMM

暑い関西へ行きます。

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2013年7月 6日 (土)

猛暑

関東も梅雨明け、早速の猛暑です。

図書館にしばらくこもりました。そしてマジックの本を借りて練習。そして16日の哲学のレジュメ、バークの保守主義を書きました。

あと一息。。

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2013年7月 5日 (金)

人の器とは?

器とはなにか

組織運営には「将」と「器」が不可欠

将:大局を見つめ方針を決めて率いて行く。

器:その方針を現場に落とし込む力

競争のない、もしくは少ない産業分野では器がはびこる。

東電

旧山一

日立製作所

ヤナセ

日石エネオスなど

大局が見通せずに変化対応不順でおかしくなる。他方、将が強いと内部統制が効かず、暴徒と化す。

大王製紙

ライブドア

船場吉兆など

将と器の共存は重要だが、実際は三成タイプか清正タイプになる。将ばかりが継続しても組織は息切れする。器になれば器なるで、時に引き締めが重要。(象彦)

日本企業はもっと「将」を生み出す努力が不可欠。コンプライアンス、内部統制など「手続重視」が主流になり経営者が委縮している。例えば、人の採用、人事考課、役員登用も人事の「能吏」に任せるのではなく経営者が判断するもの。雑草のような逞しさをもった人によって仕事と活力が出てくるのである。

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2013年7月 4日 (木)

哲学とは?

哲学事始

「哲学を学ぶことはできない。哲学することを学びうるだけである」

日常でよぎる全ての疑問が哲学の入り口。

命、人生、愛、死、仕事、孤独、人間、友情??

あまりにも大きな問題は、一度では捉えきれない。いわば、抽象絵画と同じ。この抽象を、言葉と論理で説明していこうとする作業が哲学。

哲学には常に時代背景がある。哲学者は、先人から学び、それを覆し、前に進めようとした。

「自分の頭で考える」ことが哲学の全て。合っている、間違っているの前に、自分の頭で考えて語ること。

哲学とは

哲学(Philosophy)はphilosophy=愛と知恵→知恵を愛する

哲学は「諸学の根本」

経済、経営、政治、法律、言語、天文学、物理、数学、文学、美術。。。

世界の根源を突き詰めていこうとしているものが哲学である

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2013年7月 3日 (水)

今日も恵比寿

朝は、銀座で久しぶりに栗田さんと会って囲碁のレッスン。手ほどきを受け、かつマジックを伝授。天下・国家を語りながら楽しい時間。

そして日本橋へ行き、散髪と買い物。ズボンを2本。ランチは千疋屋でマンゴーカレー。ここのは本当に安くておいしいです。飲み物とフルーツカクテルが付いて900円。バーゲンです。

夕方はまた恵比寿へ。芦田さん達と焼肉で痛飲。

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2013年7月 2日 (火)

加圧トレーニング

朝は加圧へ。芝浦クリニックに行きました。30分みっちり、指導してもらいましたが、きつくて大変。

運動不足が露呈します。。無理はよくないのでとりあえずは週1で行きます。何とか継続しようと思います。

夕方は、アッソの恵比寿事務所へ。タイから木村さんの一時帰国もあり、居酒屋「佐藤」で痛飲。

話も大いに弾み、たのしい宵となりました。

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2013年7月 1日 (月)

7月

今日から下半期。時間が経つのが早いです。。

年末まで相当忙しくなりそうです。時間のマネジメントをしっかりしなくては。。

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