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2013年9月

2013年9月30日 (月)

坐来へ

今朝は恵比寿で夕方まで会議。10時から16時まで長丁場です。ただ、議論も盛り上がり有意義でした。

そして夜はお待ちかね坐来へ。スイスの化粧品ブランドのラプレリー社長の粟井さんらと夕食。関アジ、豊後牛すきやき、りゅうきゅう、鰆の由庵焼などをフルコースで堪能。贅沢な夜でした。

頭もお腹も一杯の一日。坐来のあとは近くのイタリアンで赤ワインを空けてチーズと痛飲。

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2013年9月29日 (日)

今週の予定

30日 10:00 アッソ@恵比寿 18:30 坐来

10月1日 11:00 リカレント@新宿

10月3日 11:00 JBM@東天満 13:00クルース 14:00アクアバンク

こんな感じです。

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2013年9月28日 (土)

マジック

今日は、スピノザのレジュメを作成したり、マジック練習したりとゆっくり過ごしました。パスや、アンビシャスカードの新しいバージョンンの練習です。

レジュメもほとんど完成。

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2013年9月27日 (金)

オマール

今夜はバトゥーでオマール海老のフルコースを堪能しました。前菜から、メイン、さらにお肉もでてきてすべて美味しかったです。しかもワインの飲み放題。毎月フェアーをしてますが、これはいいです!

昼間は、14:30にびわこ農業の鈴鹿さんと赤坂で打ち合わせ。そして4時からユニブの吉田さんと打ち合わせ。両方とも赤坂で効率的でした。

来週は結構忙しいです。

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2013年9月26日 (木)

久しぶりの長野

今日は長野へ。4年ぶりくらいですね。長野環境保全センターの山田さんを訪問。駅まで迎えに来てくれました。

須坂、小布施を過ぎて中野へ。小高い山の上に会社があります。父もお手伝い兼ねて、働いています。農業をやったりいろいろ身体を動かしているので元気です。まあ、何より。

2時間ほど打ち合わせして、父とも会い、ゆっくりする予定が帰京。夜7時から東京駅でアクアバンクと夕飯。まさにとんぼ返り。次回は1泊で行こうと思います。

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2013年9月25日 (水)

台風

湿気が多くじめじめ。気分が悪くなる天気です。早く台風が過ぎてほしいですね。

前回の京都のような被害は出ないでしょうか、不快です。最近の異常気象には困ったものです。

贔屓にしている、びわこ農業の鈴鹿さんも天候が暑過ぎて、米の収穫ダウン。。やりくりが大変のようです。

どんなに科学が進化しても、天候のコントロールだけはいかんともしがたい。。

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2013年9月24日 (火)

ミスキョウコ

今日は、昼間に北千住のマルイへ。ミスキョウコが3階靴売り場に出店、視察に行きました。平日昼間とあって、空いていてまあ、仕方ないなという感じ。午後、夕方に期待です。

ランチはマルイの上のラーメン屋「青葉」。有名らしいですが、味は及第点です。また行こうとはあえて思わない。

そして東京駅の丸善で文房具、本を購入。しばしぶらつきました。そしてお茶をしてのんびり。

明後日は長野へ行きますからそのチケットなどを購入。夜は自宅で夕食でした。

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2013年9月23日 (月)

休み

今日は特段何もせずお休み。

こんな日は貴重です。

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2013年9月22日 (日)

今週の予定

24日 11:00 北千住マルイ

26日 14:00 長野

27日 19:00 バトゥー

今週はわりと軽いスケジュール。

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2013年9月21日 (土)

今後の黎明の会

10月28日 中川勝弘氏(トヨタ自動車前副会長)

11月 田中恭子氏(埼玉大学大学院教授)

12月 古川貞二郎氏(元内閣官房副長官)

こんな感じです。

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2013年9月20日 (金)

また京都

黎明の会を終えて、今日は京都です。

3連休前とあって新幹線も混んでいます。

夜は、谷口邸でいつもの仕事塾。今回はシリア問題を中心に日本の国際環境を話しました。二次会は、餃子の食べ放題。わいわいがやがや、愉しい夜です。

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2013年9月19日 (木)

黎明の会・河東哲夫さん

今夜は河東さんを招いて、ロシア問題をたっぷり語って頂きました。在勤11年の経験をあますところなくお話しされました。

まずレジュメが70ページと膨大。。1時間半、講師が呑まず食わずという異例の展開。客は、8時からどんどんワインを飲みます。

それにしても、河東さんの着眼と情報量には脱帽。。

参加者も大満足。

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2013年9月18日 (水)

かんき出版

今日は関西から帰京して、かんき出版へ。アリストテレスの講義でした。

昼間は、リーガロイヤルでアクアバンクの竹原社長とランチ。つる家で、天ぷらでした。まあ、及第点の味。

そして一路、東京へ。そして明日は黎明の会、さらに20日はまた京都です。

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2013年9月17日 (火)

哲学・大阪

今夜は大阪で哲学。本町のFORNOという洋食屋でワインを傾けながらソクラテスを話しました。

参加も13人と多く大いに盛り上がりました。嬉しい限りです!次回は九鬼周造を話します。

天気も台風一過で晴天。

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2013年9月16日 (月)

大雨

京都にいますが、台風で大雨。渡月橋も大騒ぎです。。

今日はやることもなく、のんびり室内です。

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2013年9月15日 (日)

今週の予定

17日 19:00 wine&philosophy @本町 Forno

18日 19:00 哲学セミナー@かんき出版

19日 19:00 黎明の会@バトゥー

20日 19:00 京都仕事塾

また関西です。

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2013年9月14日 (土)

藤井寺

今日はアッソで会議。朝から昼食でラーメンはさみ夕方まで。今日のテーマは、文章書き方。短文主義や、一文一義など日ごろあまり考えないが重要なポイントを講義。

実際の悪文を直したりといろいろOJT。いかに日本語が難しいかを再認識。

夜は松原の名物であるカモを堪能。

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2013年9月13日 (金)

会議

今日は心斎橋の会議。今後の方針などを決定。夜はクルースでセミナーをしました。二次会は近くの和食で痛飲。

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2013年9月12日 (木)

トレンドセミナー

今夜はリッツに泊まりました。ここもデラックスにアップグレード、ありがたいです。いつものようにプール、スパでのんびり。昼間からゆっくりできるのは贅沢です。

夜は注目のアベノミクスについてセミナーで1時間話しました。金融、財政、政治の視点から語りました。この手の話は最近していなかったのである意味新鮮でした。

二次会も参加して痛飲。田中税理士にはお世話になりました。

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2013年9月11日 (水)

核心塾

今夜は核心塾。テーマは説得力の磨き方でした。社会心理学の視点から詳細に解説。使えるノウハウいっぱいのレクチャーでした。

二次会はいつものイタリアンで痛飲。泊まりはリーガロイヤルで、部屋もアップグレードをしてくれ大変快適。ナチュラルコンフォートでした。ラウンジも使えてよかったです。

明日はトレンドセミナーで講師です。

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2013年9月10日 (火)

マクルーハン

今夜の哲学はマクルーハン。現代メディア論の大家です。メディアはメッセージ、メディアはマッサージという刺激的なメッセージを残しました。

技術進化が人間の退化をもたらすと喝破。今の時代にぴったりの哲人です。

昼間はアクアバンクが出展しているエキスポに出ました。

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2013年9月 9日 (月)

出張準備

朝晩がだいぶ涼しくなりました。ただ、昼間はまだ暑いですね。今日は一日中、明後日からの関西出張の準備をしてました。レジュメを作成したり、諸々あります。

明日は特に朝から多忙です。税理士、ビッグサイト、そして哲学講義。。しっかり務めます。

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2013年9月 8日 (日)

今週の予定

10日 10:00金子税理士@田町 14:00アクアバンク@台場 19:00wine&philosophy@バトゥー

11日 大阪

12日 大阪

13日 大阪

14日 藤井寺

ずっと関西です。

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2013年9月 7日 (土)

銀海へ

今夜は鮨。お気に入りの銀座・銀海へ。常連で、15%OFFを提供してくれるので行きました。リーズナブルで美味しい!

ボタンエビ、甘エビ、中トロ、さんま、これは極上でした。ハマグリ、タラの西京焼きなど一品もGOOD.

本当に貴重な店です。

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2013年9月 6日 (金)

カント

イマニュエル・カント

欲望と道徳律

理性と欲望

理性=頭

欲望=心、感情

欲望は資本主義を発展させた。

しかし、法律は欲望を抑え込む装置。

倫理=強制力がなくても、理性を働かせる能力

倫理には①損得勘定②義務が存在する。

A.仮言命法「もし。。を欲するならば。。せよ」

B.定言命法「。。せよ」

Aは、目的を前提として、実現のために手段としての行為を命ずる(条件付)

Bは行為そのものが重要である。万人が納得することが前提、根底に人間の尊厳がある。

例:うそをつかない、人を殺さない、約束を守るなど

その行為を自分のみならず全員が行ったとしても構わないか、が基準である。これはエゴの否定である。カントは自分だけを除く習性を危険と感じて否定している。

永遠平和のために

世界は平和を願いながら戦争を起こし、その戦争に疲弊して平和を誓うという矛盾したプロセスを延々と繰り返している。

カントは具体的にどのような条件が整えば平和が達成され、それが維持されると考えたのだろうか。カントは国家間の永遠平和のための予備条項を挙げている。それらは、将来の戦争の種をひそかに留保して締結された平和条約は、決して平和条約とみなされてはならないということ、独立国家への不可侵、常備軍の全廃、戦時財政の手段としての安易な国債発行の禁止、将来の再建を見通さない殲滅戦争の禁止などである。これらの条件が満たされるとした上で、国家間の永遠平和を確定する3条項を挙げている。

それらは

各国家における政治体制は、民主主義に基づく共和制でなければならず、国際法およびその執行機関は、自由な諸国家の連合、すなわち国際連合に基礎を置くべきであること

世界市民法は、普遍的な友好をもたらす諸条件に制限されなければならないということである。

さらにカントは、これらの条件は経済的交易を通して、自然に保証されるようになるだろうという、現在で言えば、グローバリゼーションが国際的な武力紛争を起こしにくくするという議論に近い議論を展開している。

もちろん、カントのこのような崇高な提案にもかかわらず、その後、悲惨な戦争を幾たびも経験してきた。しかし、このことはカントの提案の非現実性を証明するものではない。現に、民主主義、国際連合中心の意思決定、化学兵器、原子爆弾などの殲滅的兵器の使用禁止などについては合意が得られている。

ここではむしろ、丸山真男が述べたように「戦争は一人、せいぜい少数の人間がボタン一つ押すことで一瞬にして起こせる。平和は無数の人間の辛抱強い努力なしには建設できない。このことこそ、平和の道徳的優越性がある」という意識に常に立ち返り、カントの永遠平和のための残された条件を達成するための努力を続けなれければならないと考えるべきであろう。本書は時を経てますます輝きを増し、その先見性に畏敬の念をおかずにはおれない典型的な古典である。

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2013年9月 5日 (木)

歴史サロン・レジュメ

アメリカ独立戦争―フランス革命との比較からー

アメリカ植民地はイギリス本国から比較的自由な立場にあり、自治的生活をおくってきていたが、七年戦争が終結すると、戦費で国庫が空に近くなった本国政府は植民地に対して、新たな課税をもって臨んだ。当時の英国は1億7000万ポンドの借金でこれは税収の半分。この状況を乗り切るために考えたのが、増税。

1765年には印紙法が制定され猛烈な反対運動が盛り上がった。印紙法は、新聞・パンフレットなどの出版物、法律上有効なあらゆる証書、許可証、トランプのカードなどに印紙を貼ることを義務付けるものであった。印紙法は翌年廃止されたものの、その後、紙、ガラス、茶などに対する輸入税が新設された。このうち茶税以外は1770年に撤廃されたが、茶税に対する反対運動はつづいた。 まず増税の受益者が英国に集中。さらに植民地から代表を英国議会に出していない中で決まったことである。これが有名な「代表なくして課税なし」。

 1773年、イギリスが植民地に対する茶の独占販売権(13植民地に対し、通常の関税なしで紅茶を売って良いと決めた。)を東インド会社に与えると、ついに「ボストン茶会事件」(ボストン・ティー・パーティー)が勃発した。これはボストンに入港した茶船を植民地人が襲撃し、積荷の茶を海に投げ込んだ事件である。 当時はインドの凶作、さらに東インド会社の欧州での競争力低下で不振であったために英国が窮余の策で出したのである。

 これに対しイギリス本国は、1774年、ボストン港を一時閉鎖し、ボストンのあるマサチューセッツから裁判権を取り上げ、植民地に駐屯するイギリス軍への補給を強制するなどの懲罰的な対策をとったため、ますます本国と植民地の対立が深まった。

 1776年7月4日、大陸会議はアメリカ合衆国の独立宣言を公表した。宣言の公表によって、イギリスとの戦争も本格化した。1777年には、サラトガの戦いでアメリカ軍は勝利し、北部地域での大勢が決した。1778年、アメリカ有利と見たフランスは、この際イギリスの力を弱める良い機会と考え、アメリカに味方してイギリスと開戦した。79年にはスペインが、80年にはオランダがイギリスに宣戦した。またロシアはヨーロッパ各国をさそって対英武装中立を形成し、イギリスは国際的に孤立した。1781年9~10月、フランス海軍の援助を得たアメリカ軍は、イギリス軍の主力をヨークタウンに包囲しこれを陥落させ、アメリカの勝利は決定的となった。1783年、英米間のパリ条約によって、アメリカ合衆国は独立を承認された。

 アメリカ合衆国は“The United States”というように、国家連合である。すなわち、独立したのは13の植民地であり、13の国家が連合したものがアメリカ合衆国なのである。大陸会議は、その後、連合会議と名を変えて存続していたが、連合会議は国家としての権限を持たず、国家としての主権はそれぞれの“State”(通常「州」と訳しているが、本来は「国家」の意味である)に存在していた。

 1787年、連合を保持するため、フィラデルフィアで憲法制定会議が開かれ、連邦政府をつくることが決められた。連邦議会は、上下両院からなり、上院は各Stateから同数の議員を出し、下院は人口に比例した議員を出すこととなった。こうしてアメリカは単なる国家連合から連合国家となった。1789年、新しい憲法による最初の大統領選挙において独立軍司令官で憲法会議の議長であったワシントンが初代大統領に選任された。1800年にはワシントンと名づけられた新しい首都がつくられた。

アメリカ「革命」が法と正義への文明的な発展への顕著な一里塚となり、フランス革命がその逆となった最大の原因は、フランス革命は法による支配でなく、人による支配を是と考え、人民(国民)が主権者なのだから、この人民「国民」に対して国家権力がいかに肥大しても人民(国民)の権利に対する侵害は生じないという仮構を信じたことにある。

かくして、フランス革命は、この人民もしくは国民の代表である「国民議会」であれ「国民公会」であり、これらの立法の議会をもって国家の絶対権力としてしまった。これらの立法議会を拘束する上位の(すなわち憲法)は何もなかった、立憲君主制の政体を定めた「一七九一年憲法」(93日成立)は、翌年92810日の「暴動」をきっかけに政治的に息の根を止められ、その憲法の生命は一年足らずであった。

フランス革命とは、立憲主義・法治主義の否定こそを絶対的に正しいものとした。同時に、権力のチェック・アンド・バランス、つまりモンテスキュー的な三権分立をも拒否した。限りなき権力の一点集中である。

アメリカ「革命」とは、その広大な土地に入植してきた、無法状態に置かれた見知らぬ55人々から成り立つ国家を創造することであった。だから、その建国に際して法秩序の具現する政治社会の建設こそが最優先となった。また法秩序と自由とはコインの裏表であるから、母国からの独立という自由への悲願そのものが法秩序の重視を最優先させた。

また、荒野の厳しさは、自然と闘うことを日常の生活としたから、「自然」を崇拝するようなルソー的妄想の入る余地をゼロにしていた、アメリカは、フランス「啓蒙哲学」を読んだが、受容しなかった。
そもそも英国という本国から米国に入植した、英国の一部である英国人の独立は、戦争を伴ったが故に後のカナダやオーストラリアとは異なって、王(君主)や貴族からの訣別を不可避としてしまった。政体としては共和制のみの選択以外に何ら余地のないものになった。だから、建国に際しての議論としては、逆に、この新しい共和制にいかにして旧い君主的要素や貴族的要素を遺すかという問題の方が真剣かつ深刻に考慮された。米国は一度として反・君主制のイデオロギーを形成しなかった、むしろ、米国は建国以来、英国の君主への強烈な憧憬と敬崇の念を懐き続けた。それは20世紀末の今日においても弱まっていない。

フランス革命とアメリカ独立戦争の決定的な相違は、このほかにも三つある。

その第一の相違は、キリスト教に対する考え方が対極的であったことだろう。米国はキリスト教信仰を大切にして尊重した。ルターヤカルヴァンに相当しそれを凌ぐ狂信状態の宗教戦争(革命)であった。フランス革命のキリスト教潰し(抹殺)の蛮行などは、アメリカでは断じてしなかった。

第二の相違は、フランス革命は、中央政府(パリ)の権限の強大化・肥大化をもたらし、過激な中央集権化という変革で終わった。一方、アメリカの建国は、連邦制となったこともあいまって分権色の強いものとなり中央政府の権限はより小さくなるよう制限されることになった。しかも、米国の建国における「小さな政府」論は、連邦制の結果のみでなく、根源的には、国家権力に対する性悪説に立脚していたからである。

また、「平等」に対する過度の偏重と信仰は、この平等化を神聖視するが、それは国家権力の強制を持ってするしか実現しない。だから、社会的・政治的な「平等」追求は、そのための手段として中央集権化を強行的に選択していく。一方、「自由」重視の思想は、政府(国家)の権力からの自由を志向するが故に、「小さな政府」を求める。

さらに第三の相違として、アメリカは独立戦争と建国に際して、トマス・ペインなどの若干の例外はあるが、大衆(民衆)やならず者を参画させることを極力避けたことを挙げねばならない。入植者という出自は同じであっても一定以上の資産をもち「エリート」となった者だけが、建国の指導を担ったのである。これらの米国の「エリート」は、民衆参加(デモクラシー」のもたらす弊害と危険性を充分に了知していた。この民衆排除の「エリート」のみによる建国は、日本の明治維新と同じである、維新の中枢の主体は下級武士出身の若者とはいえ、それでも日本の上位6パーセントを占める武士階級の出身であり、学問的教養においても意識においても真正のエリート集団であった。

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2013年9月 4日 (水)

終わりよければすべてよし

昨日、なんとか仕事まとめて気分は上々。終わりよければすべてよし。

これから帰国です。

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サプライズ

今日は朝7時半から片道三時間かけて靴工場へ。ながーい道のり。。田舎をひたすら走りますが、道が悪くお尻が痛くなります。

さらに着いてから、出てきた担当者が態度悪く、喧嘩。全くふざけた、ちんけな野郎です。一喝して、ランチ。

川沿いの超ローカルな店で、なまず、スネークヘッドフィッシュ、などを堪能。とてつもない辛さに驚きました。

そしてまた、3時間かけてバンコクへ。市内でサプライズ。ほとんど無駄足状態の出張にようやく光が。お互いの商品をテストマーケして、売ろうと言う話を提案、そして合意。一気に話が進みました。仕事はわからんものです。一時はどうなるかと思いました。

夕飯は結局、8時すぎにタイ料理を食べました。

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2013年9月 2日 (月)

予定がらあき。。

1日はグレッグとエドと食事。フォーシーズンすの日本食でした。しかし、2日のアポがすべて流れて予定が空いてしまう緊急事態。。困りましたー。

仕方ないので、タイの小売店見学などの市場調査。これはこれで学びがありました。そしてランチを適当にして部屋に戻ると、なんと水漏れで、びちゃびちゃ。。部屋を交換して大騒ぎ。まさか5星ホテルで床上浸水とは想定外。

夜は、タイの弁護士の稗田さんと「葵」でうどんすきの会席。愉しい夜でした。

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2013年9月 1日 (日)

タイ出張

1日からタイです。今回は靴のOEMと販路の2本立てがメイン。はじめてタイエアーで飛びます。

泊まりはマリオット系列のルネサンスホテル。非常に楽しみな出張です。

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