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2014年1月23日 (木)

和辻哲郎

和辻哲郎

決定論

和辻は、近代西洋の個人主義的な人間観からの脱却をはかり、人間は個人として存在するとともに、人と人との関係において存在する間柄的存在と考える。つまり、人間は個人と社会の二面性を備えた存在であり、この対立するものの弁証法的な統一により人間としての真の主体性が確立するのだという。


 「我々はかくも意義深い「人間」という言葉を所有する。この語義の上に我々は人間の概念を作ったのである。人間とは「世の中」であるとともにその世の中における「人」である。だからそれは単なる「人」ではないとともにまた単なる「社会」でもない。孤立的な人でないからこそ人間なのである。それにもかかわらず共同的存在において一つになる。社会と根本的に異なる個別人が,しかも社会の中に消える。人間はかくのごとき対立的なるものの統一である。」と。

 このような人間のとらえ方から、和辻は人間の学としての倫理学を説く。彼にとって倫理とは、孤立的な個人の意識の問題であるだけでなく、また社会のみの問題であるのでもない。それは個人と社会の相互作用の中において成立する理法として捉えられる。つまり善悪やなすべき義務・責任も徳も,結局,人と人との間柄の問題としてはじめて意味を持ちうる。倫理学とはそういう「人間」についての学なのだ。
 そして,このような人間を具体的に理解するために、彼は人間を風土や歴史との相互関連という視点からとらえようとしている。こうした和辻の独創的な人間観は、近代西洋の人間観がデカルトの自我の自覚や社会契約説によって示されるように、あくまで孤立した個人から出発することを誤りとして、そこから脱却しようとしたものとされる。
 『倫理学』『古寺巡礼』などが主著,この『古寺巡礼』では,日本文化の最高の姿を表現していると判断した飛鳥、奈良の古建築・古美術について、繊細かつ鋭い感性で受けとめ,綴られています。建築や彫刻の内側に秘められている精神を、和辻の眼を通して明らかにしているんだね。また,『続日本精神史研究』では,日本文化の重層的性格が語られ,人間というものをあくまで,社会や風土,そして他者というさまざまなものの中の相関関係で捉えるのだ。

風土という問題

『風土』という著作には「人間学的考察」という副題がついている。

どうして風土が人間学的考察の対象になるのかということは必ずしも自明なことではない。

 風土と呼ぶのは、「ある土地の気候、気象、地質、地形、景観などの総称であるというふうに定義。

 和辻が自然や環境ではなくて、まさに「風土」を問題にしたのは、そのような我々の生活の中にある直接の事実が問題であったからだということが言える。その直接の事実というものが具体的に何であるのかということを言うために、和辻は「寒さ」という例を持ち出す。それによれば、ある一定の温度の空気の存在、例えば零下五度なら零下五度とか、そういう冷たい空気の存在、客観的な存在としての寒気のことではない。そうではなく、我々が生活の中で実際に感じ取っている寒さのことである。和辻が客観的な存在としての寒気ではなく我々の生の中にある寒さを問題にするのは、我々は元来志向的な存在であるから。

 あるいは構造、あるいはそういう関係的構造そのものの中で出会われる自然というものを問題にしようとしたのだということが言えるのだ。それが和辻の言う「風土」。そのような意味での風土こそ我々の「生の基盤」であるというように和辻は述べている。そのように我々の生の具体的な地盤としての風土というものに注目することによって、和辻は新たな仕方で自然を見る目というものを持ったと言うことができるのではないか?

 それに対して、和辻に対してはいろいろな批判がこれまでもなされてきている。和辻は自然そのものから目をそらし、自然を矮小化した、あるいは人間化したという批判がなされている。しかし、我々は我々の生の中で、純粋に客観的な気候であるとか、あるいは純粋に客観的な景観というものに出会うことができないと言えるのではないか。我々は最初から何々を感じる(例えば寒さを感じる)という関係的構造の中にあって、その外に出ることはできない。我々が感じる寒さ以前の独立した客観的な寒気に触れることはできない。我々が具体的に寒さを感じることを通して初めて寒気を見出す。

   この風土の内に出るという事態を、和辻はこの『風土』という著作の中で例えば次のように言い表している。「寒さを感ずる時、我々自身はすでに外気の寒冷のもとに宿っている。我々自身が寒さに関わるということは、我々自身が寒さの中へ出ているということにほかならぬのである。かかる意味で我々自身の在り方は、ハイデガーが力説するように、「外に出ている」(ex-sistere)ことを、従って志向性を、特徴とする」と。

 我々が外に出、外気の寒冷のもとに在るということは、ただ寒さを感じるということだけでなく、同時に、それに対してふさわしい行動をとるということでもある。具体的に言えば、身を縮め、厚めの衣服を着、暖房器具を用意するといったこと、さらには作物を寒さから守るためにさまざまな手段を講じるといったこと、そういうものを含めて風土というものが理解されていたということが言える。

 そこで注意する必要があると思われるのは、和辻が、「人間は単に風土に規定されるのみでない、逆に人間が風土に働きかけてそれを変化する」のであるという、そういうしばしばなされる主張を明瞭に退けている点だ。

 そういう主張の前提として、具体的な風土の現象から人間の自己了解に関わる面が洗い去られて、その残余の部分が自然環境として定立され、その自然環境と人間との間の相互関係というものが考えられているからである。

 和辻は『倫理学』という上中下三巻の大きな書物を書いた。その第四章で和辻はもう一度風土の問題を取り扱う。自然界と呼ばれているものは、実際は人間から切り離された純然たる自然の世界ではなく、一定の態度をもってそれを接する人間に対して現出してくる世界にほかならない。

  

風土という概念には主観と客観、あるいは自然と文化といった二項対立的な図式で自然を、あるいは自然と人間との関わりをとらえようとする態度に対する根本的な批判が込められていた。

   芸術についてだけ言うと、ヨーロッパの芸術においてシンメトリーや比例というものが重要な意味を持つことは、和辻の理解では決して単なる偶然ではない。ヨーロッパの自然そのものが整然とした形を持つことから切り離してそのことを理解することはできない。つまり、「法則の見出さるべきもの」として自然があるということと、ヨーロッパの芸術が「規則にかなうこと」をその特徴とすることとは必然的なつながりを持っているというふうに和辻は『風土』の中で結論づける。

 それに対して東洋の自然の中には、ヨーロッパの自然が持つ規則性というものを見出すことができない。放置された自然を支配するのはむしろ不規則性である。法則の発見によってそれを人間の支配下に置くということは東洋の自然の場合には考えられないというように言う。しかし、逆に人々はそこに人間理性の支配を超えた無限に深いものへの通路を見出したというように述べている。例えば、風景画というものは、自然の中にある規則的な美を表現するために描かれたものではなく、今言った無限に深いものを表し出すために書かれたというように和辻は述べている。

 和辻の風土論は、我々が自然と人間との関わりを考える上でさまざまな興味深い視点を提供している。しかし、この著作に対しては、重要な批判がなされている。その一つは、和辻が気候と気質、あるいは自然と文化とを、原因と結果としてとらえ、単純な決定論で結びつけているという批判。確かに『風土』の中にはそのように受け取れる記述が数多く見られる。

 そのような決定論的な把握は、この著作にさまざまな帰結をもたらしている。一つは、それぞれの民族の気質についても、また文化についても非常に一面的な理解がなされているという点である。例えば中国の文化に言及したようなところにそういうようなことが明瞭に見てとれるが、要するに多様性への眼差しというものが明らかに覆われてしまった面がある。そして、そのような気候と気質との関係の固定的な理解は、さまざまな類型の比較、価値序列化と往々にして結びつきうると言うことができる。

 そのことが『風土』において最もよく現れているのは次の箇所。「南洋の風土は人間に対して豊かに食物を恵む。人間は単純に自然に抱かれておればよい。……だから、まれにジャヴァにおいてインドの文化の刺激により巨大な仏塔が作られたということのほかには、南洋は文化を産まなかった」というように和辻は書く。ここでは、単純な環境決定論と文化や歴史に関する知識の欠如とが結びついて、今言ったような見方が生み出されている。『風土』はそれぞれの部分の叙述が説得力を持っているからこそ読み継がれてきたのだろうが、「風土」という概念に本来込められていたものが、諸類型の対比というところで否定されたのだ。

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