« 怖い話 | トップページ | リーダー論① »

2014年8月23日 (土)

丹波實が語る北方領土問題

1.1951年のサンフランシスコ平和条約で日本が放棄した「千島列島」には4島は入っていない(1855年日露通好条約、1875年樺太千島交換条約)。

2.ソ連はサンフランシスコ平和条約に署名せず、従って、別途、日本はソ連と1955、56年の2年間かけて、平和条約の交渉をしたが、ソ連は返還を認めず、このために、平和条約の交渉を継続することを明文化した上で、共同宣言という文章で戦争状態を終了させた。これが1956年の日ソ共同宣言である。その後、日本は一貫して4島の問題が日露の懸案であるとして要求してきたが、ソ連時代には、一貫してソ連側は、日ソ間にはそのような懸案はないとの立場を取り続けた(なお、上記の56年の共同宣言には、平和条約の締結の際には、歯舞、色丹は日本に引き渡すと書かれていた。従って、問題は国後、択捉のことである)。

3.1991年ゴルバチョフが訪日した時に、海部総理と何回にも亘る10時間以上の交渉の末、共同声明の中で、4島の名前をはっきり書いて、これが日ソ間の領土問題の懸案であると認めた。しかし、どのように解決するかについては、何らかの方向性も示されず、これがゴルバチョフの限界であった。

4.1991年、ソ連が崩壊してエリツインがロシアの大統領になり、93年10月に訪日した時、エリツインは、4島の帰属問題を歴史的、法的事実、法と正義などに基づき解決するとの共同声明に署名した。これは誠に歴史的な文章であった。

5.この後、橋本政権になって、97年11月、有名なクラスノヤルスク会談で、橋本/エリツイン間で、東京宣言に基づき2000年までに領土問題を解決するために真剣な交渉をするとの合意が達成された。

6.更に、98年4月には、これも有名な川奈会談が両者の間でおこなわれ、橋本総理より、「若しロシアが平和条約の中で日本の4島の主権を認めると明記するのであれば、別途合意するまでの当分の間、ロシアの4島の統治を認める」との趣旨のいわゆる「川奈提案」を行った。エリツインは大変に乗り気であった。

7.しかし、エリツインの健康問題、橋本総理の退陣などがあり、90年時代がここで事実上終わり、プーチンの時代となる。プーチンは2000年9月の訪日で東京宣言を有効だとしながら、01年3月のイルクーツク声明では、東京宣言と1956年の日ソ共同宣言の有効性に同意はしたものの、その後「日本が問題にしている4島に対する主権はロシアにある。このことは国際法的に確定しており、第二次世界大戦の結果であって、交渉の余地はない」(05年9月)と宣言した。このような路線はメドベージェフ時代も続く。その間、日本では2島返還論、面積折半論、元外務次官谷内正太郎の3.5島論が出る。日本の中がガタガタであるとの印象をロシアに与えた。

8.2010年11月にこれまでのソ連・ロシアのトップとして始めてメドベージェフが北方領土を訪問した。その前の、9月の末にメドベージェフは北京へ飛んで、胡錦濤との間で、対日戦勝を記念する共同声明を発出し、領土問題での相互支持をも約した。ロシアがこのような強硬な態度を取り出した一つの理由は、民主党政権が対米関係をおかしくしたために、中国、韓国、その他の国々が日本に強気に出ているのをロシアがじっと見ていたからである(問題は民主党のみにある訳ではない。自民党政権下でも、麻生外相が06年に衆議院外務委員会で前原議員に面積折半論についての考え方を質された時、明確にこれを否定せず、あたかも受け入れが全く不可能ではないとの印象を与え、また同人が総理の時に、09年2月サハリンでメドべージェフと会談の後、日本人記者団に「政治的妥協論」を述べたこともある)。

9.今やロシアは「平和条約的不要論」を言っている。これは、要するには平和条約がなくても日露関係は発展している、というものである。しかし、このロシア側の主張は、上記で触れた56年日ソ共同宣言が、平和条約の交渉の継続を明文で規定していることからして、国際約束違反である。また、最近ロシアは「敵国条項」をしきりに、しかも堂々と持ち出している。国連憲章には日独伊などを対象に安全保障面で差別化する「旧敵国条項」があり、107条が有名だ。107条は「第二次大戦の結果としてとる行動の範囲内」なら旧敵国に特別のことができる、とする時代錯誤的な条項である。日本やドイツが時代錯誤的条項として削除を要求し、95年12月に国連総会で、これらの条項は「もはや時代遅れである」とする決議がロシア、中国を含む全会一致で採択された。ところがロシアは、今は北方領土不法占拠の論拠にこの「敵国条項」まで持ち出して実効支配の正当化に励む。もっとも、ロシアは以前からこの条項に言及することはあった。しかし近年ほどの、ここまで厚顔な猛々しい押し出しはしなかった。

10. 北方領土問題でロシアがゴリ押しを続けるなら、日本も意地悪く返してもいい。サンフランシスコ平和条約で日本が放棄させられた千島・南樺太について、そのロシア支配は国際法上に根拠がない。まずこのことをロシアに指摘することについて日本国内で議論を始めてもいいのではないか。日本の放棄がロシア帰属の意味とはサンフランシスコ条約には書いていない。第一、ロシア(当時はソ連)はあの条約に署名もしていない。

11.さらに4島における共同経済活動の問題もある。共同経済活動という怪しげな動きが憂慮される。10年11月のAPEC(アジア太平洋経済協力)は横浜で開かれた。この際の日露首脳会議でロシア側から提起された。この問題は新しいことではない。まだソ連時代の1991年4月、ゴルバチョフ大統領の訪日の折にソ連側の高いレベルから提起されたのが最初ではなかったか。その後若干の変遷を経て、98年11月の小渕恵三総理の訪露の際に「国境画定委員会」とともに「協同経済活動委員会」が作られた。しかし、どちらの委員会もあまり成果のある活動はできず結局休民状態になって今日に至っている。最近のロシアの動きも、この古証文にアイロンをかけて出直した変化球そのものだ。
 ロシアが4島での共同経済活動という時は、ロシアの管轄権を当然の前提としている。この点はラブロフ外相が「ロシアの法律の下で行われる」と何度も明言しており、この問題には中間的なことはあり得ない。昨年12月のハワイでのAPEC首脳会議の際に行われた日露首脳会談の直前にメドベージェフ大統領はハバロフスクでの地元記者団との会見の時に「北方領土での日本との共同活動条件作りを今すぐ行う用意がある」と語っており、ロシア側は今後ともあらゆる機会、あらゆるレベルでの会談で、この問題を取り上げてくるものと予想される。日本側は絶対この提案に乗ってはならない。それは上記のラブロフ外相の発言で明らかであり、中間的なものなどは出て来はしない。

12.今年の31日、プーチンは、4日の大統領選挙の前に、外国人記者とのインタ

ビュをした時に、その中にいた朝日の若宮啓文主筆に対し、自分が大統領に復帰した場合に、日露間の領土問題を2島の引き渡しで決着させようと示唆したが、若宮氏は、このインタビュウの中で、2度にわたり、2島だけでは「日露間の引き分け」(プーチン)にはならないと反論した。また、31日付朝日新聞の論説の中で、「北方領土問題、プーチン氏意欲、ボタンかけ直す時だ」との論説を載せ、ここでも「2島では引き分けにならない」とプーチンが示唆した「2島で決着論」に賛成しなかったことを紹介し、4島でボタンをかけ直すことを論じるとともに、同時に、「プーチンに過大な期待を持つことは禁物だとも言っている。

日本には、2島返還論、2プラスα論、3島論、35島論、面積折半論などが並んでおり、まるでバナナのたたき売りのようである。国家にとって一番重要なのは、領土、領海、領空の主権であって、これについて可笑しな妥協をすれば、世界の笑いものになる。こんなことをしていれば、そのうち中国や台湾が実は沖縄も元は中国のものと言い出すのを恐れる。現に714日に日本のある新聞が現職の中国の軍の高官が「沖縄はかって中国の属国であった」と発言したと報じている。

日露首脳会談が6月メキシコで行われたが、ここで「始め!」の号令がかかったのかが

ハッキリしない。日本側は、両首脳間で「日露平和条約交渉の再活性化」に合意したと発表したが、実はそのような言葉が会談では使われていなかったことが後日分かった。何か前進があったように見せかける日本のケチな外交スタイルにウンザリするのみ。この会談後の7月の初め、メドベージェフ首相が国後を訪問した(2010年は大統領として、今度は首相として。勿論プーチンとは打ち合わせ済みの筈。本当は択捉に行くはずであったが、天候の都合で、再び国後に行ったと言われる。いずれにしても、国後、択捉を日本に諦めろとの強いシグナルを送ることが目的)。この国後訪問の時のロシア人記者の「日本の反応をどう見るか」との問いに対するメドベージェフの口汚い、そんな質問に答えること自体が時間の無駄使いだと言ったような言葉は酷すぎる。

 上記のような問題に加え、8月中旬には韓国の大統領が竹島を訪問するという事件と、香港民間活動家が尖閣に強行上陸する事件が相次いで起きた。韓国の大統領が竹島を訪問するなどの事は今までなかったことで、日本でも相当の事件として報道された。中国では彼らの行動を支持する報道が相次いだ。ロシアの北方領土に対する強硬な態度とも合わせてみると、日米関係が鳩山政権によって滅茶苦茶になり、今日に至るも関係が修復しておらず、また民主党の政権も弱体で、また、最近数年間の日本を観察すれば、日本は領土問題では弱い国というイメージが周辺国に出来て、露・中・韓が今や日本を領土問題で追い詰める大きなチャンスと考えているとしても、驚きではないと考えられる。

13.最後に一言だけ加えたい。150年くらい前にイギリスにパーマストンという有名な政治家がいて、彼は外務大臣をやり首相も2回やった人物。彼が死ぬ前に残した有名な言葉が「この世に永遠な友好国はない、永遠な敵国もない、唯一永遠なのは自国の利益」。彼は何を言をうとしたのか。

彼が言おうとしていたのは、国際情勢は動くと言うことだ。北方領土問題を例にとると、今後102030年、否今後50年、ロシアを巡る国際情勢はどうなるか。中露関係を一つとっても、どうなるか分からない。ロシアにとってかって最大の武器のマーケットは中国であったが、09年、10年、前年比で40%、47%減り、今や一番のマーケットはインドになった。極東の人口を取れば、かつて800万いたロシア人は600万に減少し、今や100万の中国人が極東に住んでいると言われる。中国の経済はこれからも成長が期待され、これに対してロシアの経済の近代化の先は暗い。ロシアはいずれ中国にとってジュニアパートナーでしかなくなる時代が来るかもしれない。その時ロシアは初めて日本の重要性に本当に気が付く。可笑しな妥協をして世界の笑いものになるよりは、ここはじっくりと腰を落ちつけることが重要。今は我慢と忍耐の時期だ。 

|

« 怖い話 | トップページ | リーダー論① »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 丹波實が語る北方領土問題:

« 怖い話 | トップページ | リーダー論① »