文化・芸術

2014年6月 5日 (木)

ベンヤミン

ヴォルターベンヤミン(1892-1940)

アウラ

「ここで失われていくものをアウラという概念でとらえ、複製技術の進んだ時代の中で滅びてゆくものはアウラである。」

「複製技術時代の芸術作品において滅びゆくものは作品のアウラである」というキーフレーズは、芸術作品が技術的に複製可能になる過程を、作品のもつ権威や鑑賞の一回性の喪失と捉え、それにともなう芸術とひとびととの関係が、礼拝的価値から展示的価値へと劇的に変容することを示したものだ。

 この論文が書かれたのは、1930年代半ばのことだ。ハリウッド映画をはじめとするアメリカ産の商業映画に「大衆」が熱狂した時代であり、同時代の知識人たちも映画に注目。そのなかにあってこの論文が特異なのは、文化産業による搾取や文化の低俗化のプロセスとして嘆息するのではなく、まさにそうした事態そのもののなかに、社会の決定的的な断層を読みとり、新しい複製技術の内側から社会を再編成していく理論的可能性を見出していたことにある。

 

「遊戯」(シュピール)だ。一回性が肝要だった従来の芸術は、自然を制御することをめざしていた。ところが、映画のような新しい複製技術の根源は遊戯性にある。彼はそう述べている。ベンヤミンはこの言葉をわりあいあっさり登場させているけれど、これはもしかしたら「アウラの喪失」よりもずっと重要な指摘かもしれない。

 遊戯性、遊びの感覚。それは「儀式」とか「正義」とか「権威」とかといった目的に奉仕する合目的なものではない。遊戯とは、広い意味での何らかのルールにしたがってゲームを遂行していくことであり、しいていえば、戯れ遊ぶことそれ自身を目的にするものだ。と同時に、ゲームの遂行とは、そのルールを逸脱し、ズラし、書き換え、新しいゲームを編みだしていくことでもある。ルールとは(ヴィトゲンシュタイン=クリプキが述べたように)つねに無根拠なものだからだ。

 複製技術において志向されているのは自然と人間との共同の遊戯であり、いまや芸術の決定的な社会的機能は、まさにこの共同の遊戯を練習することにある。映画という新しい技術のシステムと密接に関係する新しい知覚や心性を、まずここに適合させていくことで、逆に、いまはそのシステムの奴隷となってしまっている現状を変革していくことを可能にする。それがベンヤミンの見立てなのだ。ベンヤミンは、メディアの根源に「遊び」を見出した最初のひとであるということができるだろう。

 

写真

複製によって本当にアウラなくなるのか?写真のオリジナルプリントは、レイ・マンなどでは高額な値段がつく。これこそアウラではないか。ロバート・メイプルソープは、70年代にエディションナンバーをつけてプリント枚数を管理。版画化することで、一回性の保証をしているのだ。となると、複製芸術は、実はアウラのみで成り立っているとも言えるのだ。

では服はどうか?服にアウラがあるのか、着る人にアウラがあるのか?誰かが着ることで唯一性が与えられるのか?オリジナルに感じるアウラと大量生産された工業品がもつアウラと2つあるのではないのか。万年筆、カメラ、車などは好例であろう。

オリジナル幻想

本当にオリジナルは存在するのか?すべてがコピーではないのか?人はオリジナル=善と言う幻想にとりつかれている。「この人の感覚」や「この人の発想」などを物差しにしている。固有の素質をオリジナルとして捉えている。より重要なことは、アウラ=本物ではないのだ。ピカソでも駄作はある。アウラのある、なしの作品も山ほどあるだろう。オリジナルといっても必ずしもアウラがあるわけではないのだ。我々は、オリジナルを下敷きにしてアウラを考える傾向が強いのだ。作者と作品の関係ではなく、作品自体がアウラを含んでいるのではないか?アウラが宿るのは「状況」である。

一回性であればよいのか?という疑問は避けられない。一方、ダメなクリエーターは自己模倣する。一度、当たるとパターン化して反復するのだ。仮に1つ当たっても次に引きずらないことが重要である。しかも、それはアウラではなく、「潔さ」の問題である。

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2014年5月10日 (土)

泉屋博古館

今日は日経新聞からもらったチケットが2枚あったので、六本木1丁目の泉屋博古館へ。パリをキーワードにゆかりある画家の展示です。

藤田、藤島、梅原、山本、三岸、など錚々たる面々が並びます。泉屋は住友コレクションで国宝も保有。さすが最古の財閥の力ですね。

珍しく、私の母と2人で鑑賞。森の絵などはルノワールの影響大で、外人作と書かれていてもわからないような感じでした。

帰りは、ガーデンタワーでピザを食べました。天気もよく、いい1日となりました。

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2014年3月 8日 (土)

平家物語

今日は駒沢大で平家物語の講義を聴きにいきました。講師は嵐の櫻井の母親・陽子さん。ユニークでわかりやすい講義は素晴らしかったです。聴講生も大満足。さらに、琵琶の演奏もあり、至れりつくせりの豪華版。なかなかの体験でした!

女優の若村麻由美、司葉子も来ていて、花を添えてました。

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2014年2月28日 (金)

DIO

今夜は新大久保へライブへ。所謂、オタクの集まるアイドルライブです。まあ、初体験ですがこの狂乱振りはスゴイ。。

スーツ着た大人がタオルを振り、声張り上げ狂喜乱舞です。汗だくで、脱いで、下着を着かえて見苦しいですが、なかなかユニーク。ディープな世界を味わいました。

終了後は物販。これまた長蛇の列。写真撮影、握手、さらには出待ち。。エネルギーを感じました。。

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2014年2月19日 (水)

アキィナス

トマス・アクィナス

総和

トマス・アクィナス (1225?-1274) は中世最大のスコラ学者であり、キリスト教神学の歴史上もっとも重要な人物である。その業績は、アリストテレス哲学をベースに神の存在の証明、神学、哲学、倫理学、自然学にわたり、中世人にとっての知のあらゆる領域をカバーし、カトリック的世界観を壮大な規模で展開。

スコラ哲学は、ルネッサンス時代に古い時代の象徴として攻撃の的とされ、一時は西洋の知的伝統から放逐されたかにも見えたが、19世紀から20世紀にかけてカトリック神学界を中心に復活を果たし、21世紀の今日においても太い流れとなって命脈を保っている。その骨格をなす部分は、トマス・アクィナスが築き上げたものなのである。

トマス・アクィナスが神の存在を証明するために持ち出した議論とは次のようなもの。事物の中には、①他のものによって動かされるだけのもの、②自ら動くとともに他のものからも動かされるものとがある。動かされるものは他の何者かによって動かされる。その動かすものを限りなく遡っていくと、我々は他から動かされずに他のものを動かす何者かに行き着かねばならぬ。なぜなら、我々は無限に遡ることはできないからだ。

この自分は動かされずに他のものを動かすだけの存在(非常に独善的!?)、これが神なのだとアクィナスは主張したのだった。それは第一原因となる(これはアリストテレスが主張)。この世界が存在するようになるためには、その原因があったに違いない。それが神なのだ。神は世界の存在に先立って存在し、世界を無から作り出した。聖書もそのように教えているという。

アクィナスは、カトリック神学の歴史の中で、アリストテレスを真に深く理解し、それを前面に押し出した最初の学者だったのである。それまでは、キリスト教神学へのギリシャ哲学の影響は、新プラトン主義的なあいまいな議論に満ちていた。トマス・アクィナスはアリストテレス使うことによって、神学からあいまいな部分を抜き去り、それを「科学的に」学問的な基礎の上に立たせようとしたのだった。

トマス・アクィナスの哲学上の議論は「反異教徒大全」の中で展開されている。これは異教徒に対してキリスト教の正当性を主張するもので、多くは神に関する議論からなっているが、その中に、人間の認識や論理に関する議論がちりばめられている。

たとえば知恵。人は個別的な営みで智恵を発揮することがある。それはある個別的な目的を達成するために、それに必要な手段を知っているというようなことである。だが智恵そのもの、究極の智恵とは、個別的な事象を超えて、世界そのものについての全き智恵であるべきだ。

それは世界がそもそもどのようにあるのかについての、また世界がどのような目的に応じて秩序付けられているのかについての、つまり世界の真理についての智恵であると言い換えることができる。

われわれが真理を悟るというとき、それは世界の究極の目的に照らして、さまざまな事象の意味を理解するということなのである。その究極の真理が神の摂理であることは、キリスト者トマス・アクィナスにとって自明のことであった。

また人間の知性に関連して。トマス・アクィナスは普遍の認識については実在論の立場に立っていた。個別的な事象を超えた普遍的なものについて、それが単に名称に過ぎず、それ自体としては存在しないとする唯名論に対して、普遍は個別の中に実在するという立場をとった。人間の知性はその実在する普遍を、概念的な知として理解するのだ。これもまたアリストテレスの思想を踏まえたものであることは、よく見て取れるだろう。

トマス・アクィナスの思考は、あらゆる事柄において、神への言及なしでは進まない。彼の論理的思考は、神への信仰と縺れ合っているのである。

だがトマス・アクィナスは、人間の信仰のうちで、理性によって議論すべき部分と、啓示によって語られる部分とを分けていた。神の存在や魂の不死は理性によって議論されるが、三位一体や化肉といったことがらは、理性によってではなく、啓示によって始めて語られるのである。だから我々は、理性によって証明できる部分と、そうでない部分とを分けておく必要がある。

結語

アクィナスは、カソリック教会では「聖人」さらに33人の教会博士の一人である。また列聖される前から「天使的博士」と言われていた。彼が「天使的」とは、無限への恐怖、1と0を分ける境界線を超えるためには神の存在が不可欠と想定してこれらの苦悶を超えたことだ。例えば1と0の間には無数の分数が存在し得る。(½+¼+⅛…)=1しかし、どれだけ無数にあろうが総和である1はあるのだ。存在は限りなく数えられるのだが、神の恩恵で現実は理解可能であり、合理的な存在となる。神なくして1には到達できずさらに2、3へと行けないのだ。

『神学大全』は、無間(無限)地獄の罠から救い出し、現実理解の可能性を引き出したのだ。神なくしては、すべてが混とん、非理性的、存在理由すらなくなってしまう。

数が連続的に無限なことをアリストテレスは、「可能無限」とした。しかしアクィナスは、神は分数を数え尽すこともでき、かつ総和を出すこともできる存在として、すなわち、無限に広がることも自己完結することも可能なものとして捉えた。

アリストテレスの数えられない無限から、神が全体を見渡ことができる無限へと移行したのである。物もランダムに存在しては消える、数も無限、この混沌、混乱を超越するために『神学大全』は創造の秩序へと高めることになったのだ。

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2014年2月18日 (火)

クローチェ

ベネディクト・クローチェ(1866-1952)

表現

哲学は概ね、「概念」を究明、分析、打ち立てる。しかもその「概念」は「ものの関係」を語っている。自己と他人、人と物、物と物、神と人など関係性から説明しようとしている学問。

しかし、「モノ」そのものはどうやって把握するのか?

クローチェによればそれは、「直観」による。

直観は、概念とは明らかに違う。がしかし、直感が概念を構成している(前提となっている)と主張。学問的作品は、その前提として芸術的直観を持たなくてはいけないのだ。

「学問的作品は同時に芸術作品だ」

哲学では、概念ばかりが中心課題で本来根本を成すはずの直観が触れられていないのはまずいのだ。

直観=印象や表象のこと

印象や表現がどれだけ現実的であれb、また非現実的であれ個性的に表現されたものが「芸術」になるのだ。

しかし、クローチェは芸術家優位を否定する。

個性的表現は、なにも芸術家の専売特許ではない。誰もが直観に依拠して成し遂げることができるものが芸術だ、と。芸術は直観の表現から成る。

絵も、彫刻も、文学もすべて直観の外部化なのである。

表現に必要なことはまず、記憶。記憶が直観を維持、発展させていく。

次に必要なことは、肉体を使うこと。肉体を使うことで、直観を伝え表現することが可能になる。

例えば、絵画を描くことは、直観と、絵具を混ぜ、絵筆を扱う技術のミックスで成立する活動である。

美しいものは快楽か?

プラトン以来、美=快楽だった。これにクローチェは異を唱える。快は精神活動ではない。あくまでも、付随する有機的なもので、美学が扱う対象ではない。快は精神の「外」になるものだ。

批評

批評とは「直観の再生産活動」である。例えばシェイクスピアを批評するとき、批評家の精神は作家と同レベルに上がらなくてはいけない。その意味で批評家と作家は精神で一体化するのだ。

芸術は直観の表現なり。

クローチェ曰く芸術(直観)は普遍的なものであり、芸術家に属するものではない。

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2013年12月28日 (土)

のんびり

今日は何もせずのんびりです。読書とマジック練習です。

明日は銀座へ行く予定。

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2013年11月21日 (木)

六本木男声合唱団

早朝はシリウスの勉強会。テーマはグローバル人材で、慶応の田所先生が講師。そのあと、伊藤雅俊・ヨーカド―創業者と会いました。

10:30に恵比寿へ行き、芦田さん、秋元さん、府川さんと打ち合わせ。アートディレクションについてたっぷり議論。ランチは、近くで和食。おいしかったです。

夜は、東京カテドラルで合唱を聞きました。三枝のレクイエムで暗い曲でしたが、たまにはいいものです。何しろ建物が素晴らしい。来賓で猪瀬や、曽野綾子、高円宮などが来てました。非常に盛況で、わが友、秋元征紘さんも、頑張ってました。

夕飯は、はらぺこで椿山荘へ。クラブサンド、ポークリブ、コブサラダなどを食べました。

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2013年1月21日 (月)

鎌田先生個展

昨日は私の友人で、天目茶碗の大家・鎌田先生の個展をみに梅田阪急へ。素晴らしい色合いの天目がずらり。目の保養です。。先生と歓談もでき有意義でした。次回は、お皿を購入します!

そしてマイセンで教養サロン。テーマはロミオとジュリエットで「名前を消して」で講義。新しい視線で、目玉が落ちたようです。

そして今日は久しぶりにうちの杉山顧問さんとランチ。ビフテキでした。昔ながらでGOOD.そして藤井寺へ。外反母趾専用の靴を作っている芦田さんを訪問、社内会議などこなしました。夕食は社員一同としゃぶしゃぶの木曽路へ。

懐かしい店です。味も美味しく、量も満足。帰りは北浜まで社員さんに送ってもらいました。

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2012年10月 8日 (月)

歴史サロンのレジュメから

聖徳太子

始代から古代へ

 

太子以前は始代:灌漑、土地改良の技術がない

以後は古代:技術進歩+領域国家の誕生+生産性向上+仏教

仏教をめぐる戦い

公伝は538年「仏教の公認」蘇我氏 日本人も仏教文化に憧れて帰依。その裏には流入する技術信仰があった。

物部氏VS蘇我氏:宗教戦争勃発 蘇我氏は天皇にも仏教信仰を強要。用明天皇がその最初。

崇峻天皇の誕生と暗殺、そして推古天皇の誕生

593年摂政・聖徳太子

17条憲法「和をもって貴しとなし、さからうこと無きを宗となす。人皆、党有」そして「官位一二階」の制定

和と組織、矛盾することを並立にしている。

太子は熱心な仏教徒、しかし天皇家の一員のため神道を弾圧することはなかった。しかしこの思想的矛盾を解決すべく、習合思想を取り入れた。

この習合思想は日本固有。最初で最後の宗教戦争が物部VS蘇我であり、以後一切発生しない。先進文明と天皇家の立場の融合は悩める日本人の救いとなったのではないか?

「いいとこどり」日本人

太子は世界で初めて習合思想を発案した人物。

宗教的には、神は1つ。1つの信仰は他の排除。それをいいとこどりした太子は天才。クリスマス、神式結婚式、墓参り、座禅、盆踊りに初詣、これらを矛盾なく行える日本人。もちろん明治以降の西洋文明の取り込みもしかり。しかし自由思想は取り入れなかった。

他国(例えばインド、トルコなど)は文化を体系的に考える。1つを入れると全体の体系が狂うと考える。だから排除へと向かうのだ。

「職縁社会」の成立

習合思想、宗教が弱くなった分強くなったのが職場。企業=宗教団体である。さらにこれが「そこの人」重視の思想になる。中根千枝が指摘する「場の社会」だ。

神と対峙する人ではなく、人対人になる。神を経由しない人間関係の誕生である。故に今所属している人間関係が意味をもつのだ。日本社会は地縁と血縁。そして家族の恥、もしくは村の恥。ここに「神」への恥はない。このような素地の上に、高度経済成長で都会へ人が流入、以前のような共同体が崩壊。あとは職場が共同体として機能するのである。

このように日本人は原理・原則を換骨奪胎し「いいとこどり」してきたのであえる。

この思想こそ、聖徳太子の最大の遺産である。

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